第8話 A.W.A.R.S.計画

「バンクロイド中尉には、ジャグと正式なコンビを組んで貰う」


 オフィスの中に、一瞬の沈黙が流れた。


「「は?」」


 意味が分からない。非難をはらんだソニアの声に、間の抜けたトルノの声が重なる。ミラはわずかに首を振った。この司令官の言動は、理解をするのが難しい。


「何を考えているんですか!」


 今のやり取りを見ていなかったのか。最大のストレス要因とコンビを組ませるなど、まともな考えとは思えない。

 鼻の頭まで赤くしたソニアが涙に声を震わせると、それにはトルノも頷かざるを得ない。まったくそうだ。彼女の言う通りだ。

 吠えかかる小型犬ソニアの矛先が他に向いたのは助かったが、AIの面倒を見るのは御免被ごめんこうむる。


「バンクロイド中尉には、先の件でのペナルティを課す必要がある」

僭越せんえつながら、自分は適正に欠けると思われます!」


 両手を腰の後ろに組んだトルノが高らかに宣言すると、それはそれで気に入らないソニアが睨んでくる。一体どうすれば、お気に召すのか分からない。


「では聞こう。ジャグと戦って、君はどのように思った」

「反応速度と射撃精度は大きな脅威です」


 これまで多くの味方が落とされているのだから、それはいまさら論じるような事ではない。しかし、AIの動きには独特の癖があり、そこに人間のつけ込む隙がある。

 自分を含むアッセンブルのパイロットが対無人機の空戦で戦果を上げているのは、それを見抜くセンスと技量を兼ね備えているからだ、というのがトルノの私見だった。


「その通りだ。そして君は、それをジャグに教えろ」 


 無人機対無人機の局面を作り出すなら、現状のジャグを量産すれば事足りる。しかしそれでは、数においてまさる敵に勝つことができない。

 敵より多くの戦力を揃えて勝つのが戦略の本道。しかしそれが叶わない以上は、少数の戦力によって多数の敵を駆逐する者が必要だ。


 それがエースパイロット。


 このアッセンブル・スピアオレンジは、エースパイロットの集中運用によって敵に打撃を与えるのみでなく、敵無人機を超える戦闘用AIを育成、量産する事を目的にしている。


「君たちは我が軍の誇るエースだ。その君たちが束になっても敵わないAIを作り出し、もってこの戦争を勝利に導く」


 それがA.W.A.R.S.エイワース計画。


トンビが鷹を生むという言葉があるが、鷹である君たちから何が生まれるのか。それを私に見せてくれ」

「自分を殺せる機械を育てろと? そんなのまともじゃない」

「こちらがやらねば、敵がそれをするだろう。君もいつかはそいつに落とされる」


 こうしている間にも、人工知能は学習を重ねて進歩を続けている。今は対抗できていても、いつかは敵の照準に捉われる時が来る。

 その相手が敵に生まれる前に、自分たちで作り出す。それが唯一の活路だ。


「…………」


 クルカルニの言うことには現実味が感じられない。しかし理屈は通っている。

 撃墜されたアイクの顔が脳裏に浮かんだ。出撃して戻らなかった仲間たちの顔を思い出す。腹を決めるのに要した時間は、わずか数秒だった。

 深く大きなため息をついたトルノは、ガリガリと頭を掻いた。肩の力が抜けると、急にシャワーが恋しくなった。その後はコーラだ。


「了解です大佐。やれるだけの事はやりますよ」

「君も、それで構わないな?」

「コンゴトモ、ヨロシク、お願いします。バンクロイド中尉」


 まだ熱暴走が収まらないのか、普段の流暢りゅうちょうさを失ったジャグが答えると、その機械らしさにトルノが苦笑を洩らす。

 ようやく泣き止んだソニアは、不承不承という感じでそれを承知した。



◆ ◆ ◆



 話はついた。早く部屋に戻ってシャワーにありつきたい。トルノが退出しようとしたその時、オフィスのドアがノックされた。

 クルカルニの返事を受けて入室したコールネーム”ワイルド・ラビット“は、顔面に不満の二文字を貼り付けていた。


「申告します。ネリア・シャンダルク中尉。本日付けを以て仮設19空軍基地所属、アッセンブル・スピアオレンジの所属となります!」


 細身の体躯をフライトスーツに包んだ女性パイロット。肩から怒気を揺らめかせた彼女は、ズカズカとトルノの横に並んで敬礼をした。

 日焼けした肌とシャープな美貌。エメラルド色の瞳が烈しく光る。


 敵に追われて死ぬ思いをした直後には、助けに来たはずの2機が空中戦ドッグファイト始め、レフェリー役をやらされた。

 早々に手続きを済ませて休みたい。シャワーを浴びてビールで喉を潤したい。

 しかし、司令のオフィスは取り込み中で、ドアの向こうでは女が泣き喚いている。とても入っていける空気ではなかった。


 よろしくお願いします。というクルカルニへの挨拶にもとげがあるのは、そのような状態で待ちぼうけをさせられた逆恨みの要素が強い。


「やっぱりあんたなのね。トルノ・バンクロイド!」


 そして部屋に入る前からネリアは分かっていた。

 無線の怒鳴り声にも聞き覚えがあった。空軍士官学校からのライバルにして仇敵は、やはりここに居た。

 素行不良にして成績はトップ。無茶な機動で練習機をお釈迦にした、整備泣かせの天才パイロット。首席で卒業した同期の面汚しが、エース部隊に配属されたという噂は聞いていた。


 しかし―――。


「同じ部隊になったからには、アンタの好きにはさせないわ」

「うるせえなぁ。久々に会ったと思ったら即座に説教かよ」


 指を突きつけられたトルノが反撃する。ソニアが相手ではそうも行かないが、相手がネリアなら昔ながらの調子が戻った。

 士官学校での4年を通して、何かというと付き纏っては人のする事にケチをつける、トルノの天敵。

 すぐに噛みつき引っ掻いてくるその性格は、野ウサギワイルドラビットどころか山猫ワイルドキャットが相応しい。


《警戒エリア内に複数の敵無人機が侵入。迎撃体制を取れ》


「今日はどうなってんだ。まったく!」


 シャワーもコーラも、トルノは諦めた。

 小型犬ソニアに吠えられた後は山猫ネリアに引っ掻かれ、ミラの視線を感じ続けた横顔は低温火傷を負った気分だった。


「バンクロイド中尉。迎撃任務にあたります!」

「何よ、逃げる気⁉」

「ボクの話はまだ……!」


 クルカルニが鷹揚おうように頷く。黒い筒に「行くぞ」と声を投げると「了解」と答えが返る。


 戦略的撤退。逃げるようにオフィスを飛び出すトルノの背中を、ソニアとネリアの怒声が追った。

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