第5話 残機は3機

 敵の攻撃を19基地へ誘引。各戦線への圧力を緩和して、戦線再構築の一助とする。

 そのクルカルニの戦略のためにはアッセンブルの脅威を敵に喧伝けんでんする必要があり、トルノを含むパイロットたちは馬車馬のような稼働を強いられていた。


「これでは、命が幾つあっても足りんな」


 基地への爆撃を阻止した日から3日と開けず、ほぼ連日の出撃が続いている。

 2年間の苦戦を生き延びた古強者たちも、長時間の緊張状態と、身体に大きな負担が掛かる空戦の連続に疲弊の色が濃い。


「生存率が上がっても、こうも出撃が続けば同じ事だぞ」


 つまり「死んじまう」という事だ。ブリーフィングでは「腕利きと組めば生存率があがる」と不敵だったガントがげんなりすると、リナルドが鼻を鳴らす。


「機体の前に、こっちがオシャカになるぜ」


 精密機械の塊が空を飛ぶのだから、戦闘機という兵器はとにかく整備に時間が掛かる。本来ならば、そうそう連戦はできない。

 それがこのアッセンブルでは、パイロット1人に対して3機の機体がてがわれて、常に出撃可能な体制が取られている。

 初めはビデオゲームよろしく「残機3」などと笑ったリナルドも、自分の迂闊うかつさをしみじみと噛み締めていた。


「参謀本部直轄だの特殊部隊だの。大層な事を言われているが……」


 所詮は少々出来のいい捨て駒に過ぎない。しゃかりきになって敵機を落としても、生還のご褒美は冷えたビールだけだ。


「大佐はこの基地に敵を呼び込むつもりらしいですが、正気とは思えませんよ」


 その狂気に付き合わされる自分たちは、とんだ貧乏くじだと笑ったのは、隊で最年少のカルア・サンティーニ中尉だった。


「あーあ、休暇が欲しいなぁ」


 戦争が始まってから軍人になった若者は、基本的に陽気で発言に裏表がない。


「…………」


 トルノはその愚痴に加わらず、端末に目を落としている。

 暇さえあれば古い映画を観ている陰気な男。仲間たちがこの数日で彼に与えた評価がそれだった。

 しかし彼は映画など観ていない。見るともなく画面に目を落とし、イヤホンから流れ込む台詞は頭に留まっていなかった。


 尾翼にワニのマークをつけたあの敵は、いまどこにいるのか。それだけを考えている。

 クルカルニの作戦通りなら、いずれは奴もここに来る。こちらが探すまでもなく、向こうの方からやって来る。それは好都合だ。

 そのために、たかってくる無人機トンボどもを落としまくる。単純な話だ。

 エアコンに異常はないが、待機室の空気はトルノの周囲だけが淀んでいた。


「バンクロイド中尉って、ヤバい人なんですかね?」


 声を潜めるカルアに「そんな事は知らないね」とガントが肩をすくめた。


「皆さんお疲れとは思いますが、体調管理にはお気を付けて下さい」


 ニュースを読む男性アナウンサーのような声は、壁に吸い込まれ、室内にはエアコンのルーバーが動く音しか聴こえない。


「…………」


 ローテーブルの上にある黒い筒は、赤いランプを点滅させて応えを待つが、パイロットたちは一瞥もせずに黙殺した。

 この連続出撃の中で、疲れを知らないジャグだけは全ての戦闘に参加している。代わる代わるに全てのパイロットと共に飛び、2番機として僚機をフォローする位置ポジションに就き、尚且つ戦果を上げていた。


 しかし、リナルドを始めとするパイロットたちは、それが面白くない。従順に任務をこなしていく機械を頼もしいと喜ぶよりも、薄気味悪いと退けている。

 仲間を撃墜し、友軍を痛めつける人工知能を搭載した無人機ドローン。人間離れした機動や精密な射撃を見るたびに、そんなものに頼ってたまるかという対抗心が湧き上がる。

 戦力として有効なのを認めざるを得ない不満とくやしさ。戦えば勝てるという自負心があなどりの形をとって表れていた。


「…………」


 指示と報告が機能すれば事足りるのだから、機械を相手に雑談など必要ない。ましてや機嫌を取るなどもっての外。

 誰が言うでも始めるでもなく、ジャグへの対応が冷淡になったのは、パイロットにとっては自然の成り行きだった。



◆ ◆ ◆



「当基地へ向けて飛行中の連絡機がグリッド153にて敵機と遭遇。シャークバイト隊は至急救援に向え」


 待機室のスピーカーが鳴る。無言で立ち上がったトルノが格納庫へのドアを開いた。

 機体に電源ケーブルを接続する。ミサイルと機銃弾を装填する。走り回る整備員の間を抜けて、トルノはコクピットへのタラップを上がる。

 しかし、バラクーダMark-Ⅲがエンジンを始動する頃には、ジャグのストームチェイサーは既に動き始めていた。


《シャークバイト01より02。そちらの方が足が早い》


 数秒の遅れが味方の死を招く事もある。1番機を待たずに離陸、急行して味方機の援護にあたれ。そのトルノの適切な指示に《了解Roger》と返したジャグが飛び立ち、約60秒の遅れでバラクーダが離陸した。


方位ヘディング042。敵の進路に割り込んで連絡機を追わせるな。捕捉される前に撃墜する》


 復唱したジャグがさらに加速する。それを追うトルノ機はジリジリと距離を離される。

 無関心と無理解が、両者の間を隔てている。

 抜けるような青空の下、2機の描く飛行機雲コントレイルは、どこまでも水平に走っていた。

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