第6話 ネリア・シャンダルク中尉
《こちらワイルドラビット01。敵機と遭遇して追跡を受けている。救援を求む》
《ワイルドラビット、こちらシエラオスカー
味方からの淡々とした返信にイラつきながら、ネリア・シャンダルク中尉は自分の不運を呪っている。
敵の勢力圏を充分に迂回したはずが、予想外に進出していた偵察機に発見された。
それに呼ばれて飛来したのはジェット装備の
《直進したら丸焼きにされるわ! 回避コースの指示を!》
《シャークバイト02よりワイルドラビット。間もなく到着します》
レーダー画面を見ると、敵の射撃管制レーダーがこちらを射程に捉えるのにもう30秒の猶予もない。
無人機の視線が背中を
《ロックオンされる。間に合わない!》
ロックオン
正面から来た何者かが、機体の形も視認できないスピードですれ違い、一瞬遅れた衝撃波に連絡機の機体が激しく揺さぶられる。
連絡機の後ろに割り込んだ、恐らくは味方機がフレアを射出すると、赤外線誘導を騙された3機のミサイルは高熱を発する火球を追って進路を逸らした。
《今のはなに⁉》
慌てたネリアが振り返ると、すれ違いざまに撃墜された敵機が四散している。全てが一瞬の出来事だった。
《1機撃墜。引き続き脅威を排除します》
《シャークバイト01より02、護衛対象から離れるな》
《02、
トルノからの指示と同時にさらに1機を撃墜したジャグは、反転して逃げ出した最後の1機に追い
《敵影なし。周辺の安全は確保されました》
どうにか助かった。遅れてやってきたバラクーダが視界に入り、ネリアがほっと息をつく。
《助かったわ。ありが……ぅわぁ!》
《勝手な事をしやがって、テメエは何様だ!》
感謝の言葉を怒声で遮り、超音速のトルノがネリアの真横をかすめ飛ぶ。
《俺は離れるなと言ったんだ》
《あの場合は撃墜する方が安全でした》
トルノの突進をジャグが
的確な判断と精密な射撃。空戦AIとしてのジャグは本来、指示がなくても
それに加え、AIに対して冷淡なアッセンブルのパイロットたちは、連携はおろか指示すらまともに出さなかった。
結果として
《それを決めるのは人間だろうが!》
片やパイロットたちにしてみれば、勝手に飛んで勝手に戦果を上げるジャグが気に入らない。
共に飛んでもこちらのコントロールを受ける素振りがなく「邪魔をするな」という風にすら受け取れる挙動を見せる。
この
《テメエに俺が落とせるか? 戦えば自分の方が上だと思っているだろう》
《失礼ながら、1対1の戦闘でのワタシの勝率は95%です》
《上等だ。掛かってこい!》
《お断りします》
ジャグの正直な回答を挑発と取ったトルノが激怒する。旋回半径を狭めてロックオンを狙うと、困惑したジャグは逃げ回る。
《
管制塔では、面白がるようなクルカルニの後ろでソニアがやめろと
待機室では、パイロットと整備員たちが賭けを始める。この会話を基地中に流したのも、クルカルニだった。
《ワイルドラビット。済まないが立会人を頼む》
《あたしが⁉ 了解……です》
1秒でも早く着陸したい。へたり込んで滑走路にキスをしたいのに。撃墜の恐怖から解放されたと思ったら、戦闘機同士の決闘に巻き込まれる。
まったく今日は厄日だと天を仰いだネリアの前で、ストームチェイサーとバラクーダMark-Ⅲが交錯した。
◆ ◆ ◆
《
《その澄まし顔に、吠え面をかかせてやる》
先手を取ったのはジャグだった。
正面からやり合えば良くて相打ち。
レーダーを照射してのロックオンか、機銃に連動したガンカメラに相手を捉えればこちらの勝利。人間の操る、しかも旧式の機体を相手に敗れる要素はない。
エンジンを全開にして逃げるトルノを、機銃の射程に収める。
しかし予想に反してトルノは粘った。捉えたと思うとその矢先に進路をずらし、速度に緩急をつけて照準を定まらせない。
《どうした下手くそ》
全速で逃げていたトルノが急減速し、真後ろに迫っていたジャグが間一髪でそれを避ける。
反応が遅れれば衝突確実の危険行為と引き換えに、今度はトルノが背後を取った。
空対空ミサイルの赤外線シーカーを向けられたジャグが真横へ跳ねる。機体を立てて急減速し、さらに相手の背後を狙う機動だった。
しかしトルノは、それを読んでいた。
《Gun,Gun,Gun! ザマアミロ》
背中を晒したストームチェイサーを照準して、トルノが射撃を宣言した。
AI特有の超機動。ミサイルを回避させてその先を撃つ、トルノの
《シャークバイト01の機動は安全性を著しく欠いて……》
《ドッグファイトに安全もクソもあるか》
《ワタシが避けなければ衝突して……》
《計算の内だ。お前らAIと戦うってのは、そういう事だ》
友軍同士の模擬戦ならば、この抗弁は成立する。しかしトルノが仕掛けたのは喧嘩であり、実戦だった。そしてこれが本物の実戦であれば、ジャグは空に砕けている。
《…………ワタシの、負けです》
《お二人さん。決着はついた?》
とんでもない空戦を見せられた。バラクーダの1番機は良い
しかしネリアは感心している場合ではなかった。相変わらず状況は掴めないが、連絡機の燃料は底を突きかけている。
《待たせたなラビット。
《いまさら紳士ぶっても遅いのよ。この野蛮人》
鼻息の荒い1番機と、無言の2番機に挟まれて飛びながら飛ぶ。西の空はすでに紅くなり始めている。
敵機に追われる恐怖と、そこから救われた感謝。次々に湧き上がった感情は、とっくの昔に蒸発した。身も心も疲れた。特に心は疲れ果てた。
そのネリアを、滑走路の誘導灯が優しく出迎えた。
Attention Please(機長よりのお願い)――――――
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