ASSEMBLE SIERRA OSCAR / アッセンブル・シエラオスカー

第4話 First mission

　第19仮設空軍基地は、デラムロ王国との間に戦端が開かれた後に建造が開始された、急拵（きゅうごしら）えの飛行場だ。

　緒戦での滅多打ちに短期決戦の目論見を崩された。かと言って、いまさら腰を据えた長期戦を政府に懸案するのも面子が許さず、迷走した軍部は場当たり的に前線基地を増やし、敵に空襲の的を提供するという愚を犯していた。

　この基地も、当初は中央戦線の後方にあって前線との中継基地として設置された物だったが、２年の内に前線が後退したのに伴って、敵機の直接攻撃が届く位置になっている。

　アッセンブル・スピアオレンジを計画したクルカルニがここを根拠地に定めたのは、敵の攻撃をこのポイントに集中させる、まさにそのためだった。

◆　◆　◆

「レーダーに敵機（バンディッド）を確認。爆撃機と思われる大型の機影９。判別不能ながらも小型機の随伴は多数と予想される」

　各員、対空迎撃戦用意。迎撃機は随時発進せよ。敵機の予想到達時間まで約20分。

　司令部棟がけたたましい警報音に震える。緊迫する中にも沈着なアナウンスが繰り返され、廊下では幾つもの靴音が慌ただしく廊下を走る。にわかに基地内は騒然となった。

　人工知能ジャグの挨拶に呆けていたブリーフィングルームでも、パイロット達が殺気立つ。

「各員の機体は調整済みだ。折角の新居に爆弾を喰らいたく無ければ、飛んで行って撃ち落とせ」

　６人のパイロットは命令も半ばに、格納庫（ハンガー）へ向かって走り出す。

　それを見送るサラに、または演台の上にある黒い水筒（ジャグ）に、クルカルニが向き直った。

「で、君らはどうするかね？」

「あの、えーと……」

「無論、直（ただ）ちに離陸準備に取り掛かります」

　隊長である白髪の大佐の声に強制の色は無い。口に拳をあてたソニアが戸惑とは対象的に、ジャグの回答は明瞭だった。

「目的達成のためには、パイロットたちの信用を獲得する必要があります。構いませんか、ソニア？」

　人工知能に対するパイロットたちの不信を払拭するには、戦果を上げるのが一番の早道だ。転がり込んできた絶好のアピールチャンスを、見（み）す見す逃す手はない。

「それは、そうだけど……うん、分かった。気を付けてね」

　頷いたソニアは、指揮所へ移動するクルカルニとミラに続いて、ブリーフィングルームを後にした。

◆　◆　◆

　無人のコクピットにモニターの光が点る。作業を終えたメカニックが離れたのを確認して、エンジンをスタートさせる。

　各種センサーや司令部とのリンクを確認しつつ、油圧計の数値が上がると可動部の動作をチェックする。

　先程の円筒は単なるコミュニケーション端末に過ぎず、人工知能であるジャグの本体は機体に設置されたユニットだった。

　全てのチェックを完了した彼は、格納庫へ走り込んでくるパイロットたちを尻目に、誘導路へと滑り出していた。

　格納庫から現れた低視認（ロービジ）迷彩の青い機体が、陽の光を受ける。鋭角的なバラクーダMark-Ⅲとは異なる流線型のシルエットは、未だ実戦配備をされていない最新鋭機だ。

　スリムなボディに特徴的な前進翼を採用したNFX-23“ストームチェイサー”は、大出力の双発エンジンを軽く吹かす自力走行（タキシング）で滑走路へと移動した。

　タービンの回転数が上がるにつれて、金切り音が高くなる。赤熱する噴射口（ノズル）から立ち上る陽炎が、周囲の景色を歪ませる。

《コールサイン“ジャグ”より管制塔（コントロール）。離陸準備良（Ready to takeoff）し》

《管制塔よりジャグ。離陸を許可す（Cleard to takemff）る。幸運を（Good luck）》

　応えたのはオペレーターではなく、クルカルニの声だ。

　復唱とともに推力増強装置（アフターバーナー）に点火すると、弾かれた様に機体が加速する。車輪が地面を離れるや即座に急上昇へ移り、音速突破の衝撃波（ショックウェーブ）を発生させた。

《ＡＩ様は新型機で一番乗りかよ》

《緊急事態にてお先に失礼します。バンクロイド中尉》

　見る見るうちに高度を上げる新型機（ストームチェイサー）を見送ってボヤいたトルノは、慇懃（いんぎん）な返答に肩を竦（すく）めた。

《シャークバイト01、離陸（Take off）》

　高度を上げると後ろへ遠ざかる滑走路。広大な牧草地の真ん中に、そこだけがコンクリートに固められた空軍基地はなんとも場違いだ。

　雲は少なく視界は良好。マドレグ山地の嶺（みね）が霞んで見える進路の先に、敵の編隊が視認できた。

　翼下に４発のエンジンを備えた９機の大型爆撃機と、それを守る空戦トンボ（ドラゴンフライ）が16機。基地ひとつを潰すにしては大袈裟な戦力だが、それは敵の優勢を表している。

《ジャグ、接敵（Engage）。戦闘準備完（Combat ready）了》

《お手並み拝見》

　敵と高度を揃えたジャグが、先頭を飛ぶ敵機に正面（ヘッドオン）からの攻撃を仕掛けた。

　20ミリ機関砲の火線を受けた１機が火を吹き、わずかに機体を捻ってそれを躱（かわ）すと、さらに後方の１機も火だるまにする。

　相対速度が大きい正面（ヘッドオン）からの攻撃は難易度が高い。しかも１度の接触（コンタクト）で２機を撃墜するのは、動きの遅い爆撃機が相手とはいえ人間業ではない。

《俺もいくぜ》

　ひゅうと口笛を吹いたトルノはすれ違いざまに１機を落とし、そのままの速度で真後ろへと抜ける。

　護衛の無人機が、次々に機首を翻（ひるがえ）して追い縋（すが）る。

　しかし、直進する大型戦闘機と反転で速度を失った小型のドローンでは、足の速さは勝負にならない。

《雑魚に構うな、大物を落とせば引き上げる》

　そこへリナルドを臨時のリーダーとした５機のバラクーダが、編隊を組んで到着した。

　ほとんどの護衛機がジャグ機とトルノ機を追い、手薄になった残りのターゲットに襲いかかると一人一殺で仕留めていく。

　絶妙なタイミングでの波状攻撃で、さらに５機の爆撃機が燃え上る。

　全員が正面（ヘッドオン）からの射撃で獲物を仕留めて見せたのは、招集を受けたこのメンバーが腕利き揃いなのを証明していた。

《残り１機は俺が……ってバカ野郎！》

　４機のドローンを引き連れたままのジャグが、ＡＩ特有の急旋回をした。

　敵の射撃レーダーに捕捉されて鳴り止まない警報のなか、次の攻撃ポジションを取ろうとしていたトルノが目を剥（む）く。

　急激な姿勢制御。気圧の急変化による白煙（ヴェイパー）を纏（まと）う機体に、４機の空対空ミサイル（AAM）が襲いかかる。

《問題ありません》

　生身の人間には耐えられない荷重（Ｇ）をものともせず、ジャグの機体は殺到するミサイルの隙間を木の葉の様にすり抜けた。

《ジャグ、ミサイル（FOX2）発射》

　機体下部から発射したミサイルが、二筋の白煙を引く。後部に直撃を受けた爆撃機が、つんのめるようにバランスを崩す。

　その人間離れした戦術を、しかし称賛したパイロットはいなかった。

　仲間を奪われた恨み。家族を失った哀しみ。それぞれに抱える機械兵器への軽蔑と憎悪が空にわだかまり、トルノが舌を鳴らす。

《さすがはＡＩさま。たいした曲芸飛行だ》

　そして爆発。

　5,000mの上空に火球が拡がる。燃える破片が森へ振り撒かれるのを、地上の兵たちが見上げていた。

《作戦完了（Mission completed）。帰投しま（Return to base）す》

　守るべき爆撃機を失った空戦ドローンが離脱を開始すると、それを追撃したアッセンブルのメンバーは、全ての敵機を撃墜した。

　スピアオレンジのノーズアートを施した機体が編隊を組み、基地へ向けて旋回する。

　部隊発足の直後。寄せ集めの空戦隊としては上々の戦果に、そして命拾いした事に、司令部のスタッフが快哉（かいさい）を上げた。

　ミラがフッとため息をこぼすと、ソニアはハァと深く安堵する。

　そしてクルカルニは人知れず、ほんのわずかに口角を上げた。