第3話 空戦用人工知能「ジャグ」

 アルテリア大陸の中央にあるマドレグ山地は、三千年の昔から聖域とされ、何人の領有も認められていない。その北方にあって2千年の歴史を誇るデラムロ王国が、各国との協定を破って山地に軍を進めたのが3年前。


 周辺国からの度重なる警告と、経済的な圧力にも一切の動揺を見せず、希少な鉱物資源の採掘を始めた王国に宣戦を布告したのが、同じく山地の東と境を接するアストック共和国だった。



◆ ◆ ◆



「建前としては協約破りの王国に対する実力行使を買って出た、という形だが……」


 ブリーフィングルーム。並んだ椅子にまばらに座るパイロットたちの前で話している銀髪の男――――クルカルニ・オーヴィッツがこの航空特殊部隊“アッセンブル・スピアオレンジ”の部隊長だ。


 29歳にして大佐という異例の階級は、凄腕のパイロットだからとも参謀本部のエリートだからとも、はたまた実家がアストック王政時代の貴族だからとも言われているが、確定情報を持つ者はいない。


「ここまでならジュニアハイの子供でも知っている」


 詰まるところ、国境を接する隣国だけに美味い汁を吸わせるのがしゃくさわる。

 これはそういう戦争なのだと鼻を鳴らしたクルカルニの目配せで、副官のミラが壁面モニターの表示を戦域図に変えた。


「そして、勢い込んで喧嘩を売ったは良いが、待っていましたと言わんばかりの反撃に遭い、それ以降は負け続き」


 南北に長いアストック共和国の、海に面した北辺に備えているふたつの軍港に、赤いバツ印がつく。


「真っ先に機動艦隊を叩かれ」


 それに続いて、北西の一部で接する王国との国境地帯にバツ印。


「国境を越えようとした地上部隊は、集結中に打撃され」


 そして広く西側にある境界線では、五つの箇所にバツ印がついた。


「山地への侵入を企図した部隊は、ことごとく撃退された」


 どの戦域も「辛うじて全滅は免れた」という惨状で、事実上の攻撃能力は皆無に近い。軍隊としての体裁を維持しているのは、南西部に展開する予備部隊のみだった。


「この状況を打開すべく、諸君に集まって貰ったというわけだ」


 猛禽もうきんを思わせる鋭い目つきは、参謀本部のエリートよりは現役の戦闘機乗りファイターパイロットと言われたほうがしっくり来る。


 そのクルカルニが見渡すと、6人いるパイロットの内のひとりが手を挙げた。


「お言葉ですがね。飛行中隊がたったのひとつで、戦争の何を変えらるんで?」


 批判がましい事を言って平然としているのは、リナルド・ホーク大尉。ブリーフィングルームにいる5人のパイロットの中では最年長の40歳で、いかめしい顔には大きな傷がある。


 椅子にふんぞり返った歴戦のエースは、ミラから射こまれる非難の視線も気にしない。


「我々が戦局を変える。そうで無ければ、この戦争は負けだ」


 気分を害した風でもない返答に、リナルドは「へぇ」と笑った。トルノを含む他の者も、指揮官の大言壮語に欠片ほどの期待も抱いていない。


 満を持して宣戦した約100万の軍隊が、したたかに鼻面を引っ叩かれたのだ。再攻勢など夢のまた夢という戦況を、たった数機の戦闘機でどうにかできるものか。

 この場に招集されたパイロットたちは、多かれ少なかれそのように考えていた。


「現在の劣勢の最たる原因は、敵の無人兵器ドローンへの対抗手段が無いことだ」


 現代戦において戦場の空を支配する。つまり制空権を得ることは、勝利の絶対条件と言っても過言ではない。

 敵の航空戦力から味方を守り、敵の地上部隊を空から叩く。このシステムが働かなければ、戦争には勝てない。


 デラムロ王国が開戦時から大量投入した空戦型の無人機ドローンは、従来の戦闘機よりも小型で機動性が高かった。

 小型であるためにレーダーで発見し難い。生身のパイロットが耐えられない急旋回で攻撃を回避する。しかし、搭載する兵器の威力は、こちらと互角かそれ以上だ。


 充分に戦術を蓄積した人工知能が機体を操り、しかも戦う度にその情報は更新されていく。

 これを相手にしたアストック空軍のパイロットたちは次々に撃墜され、空の自由を取り上げられた。


 そして空からの援護を失った地上軍は、無人機の測定による正確無比の砲撃で打ちのめされ、無人機の爆撃によって追い散らされている。


「その無人機―――トンボらを相手にして生き残っただけでなく、撃墜数を稼いだ稀有けうなパイロット。諸君らを集結してこの戦争に活路を見出すのが、私の発案によるこの部隊の目的だ」


 有効な戦力も、ひとりやふたりが各地で孤軍奮闘するのでは効果が薄い。持ち堪えるだけでは戦争には勝てず、じきに持ち堪える事すら不可能になる。


「評価されるのは結構。鈍臭い奴と組むよりは腕利きと組んだ方が、作戦の成功率も生還率も上がると思えば、俺にはいい話だ」


 しかし、それだけで数の不利を覆して逆転できるほど、戦争は甘いものではない。

 次に挙手したメーレン・ガント中尉―――痩せぎすで長身のパイロットは、皮肉っぽく口を歪めている。


「俺たちが張り切ってトンボ共を撃墜しても、所詮あっちは無人機。工場で組み立てホヤホヤの機体がすぐに飛んでくる」


 パイロットの育成には時間も金も掛かる。

 一般人が聞けば目玉が飛び出すような金額の戦闘機よりも、ひとりのパイロットを1人前にする方が遥かにコストも時間もかかる。

 空いてしまった穴は、そう簡単には埋まらない。


「そこに関しての展望を伺いたい」

「君の疑問は当然だ。もちろんその点に関しても解決策を用意している」


 リナルドに続いて、上官への敬意に欠ける態度と発言。ガントに対しても険しい目つきを向けるミラを、クルカルニの視線がたしなめる。

 その様子を見たトルノは、自分を棚に上げて少し彼女に同情した。


「彼女をここへ」


 部下の無礼を放置する上官に不服顔のミラが立ち上がり、ブリーフィングルームのドアを開く。カチカチと音のしそうなその動作は、ダラけた部下たちへのせめてもの当て付けに見えた。


 そして、ミラに案内されて入室したのは、ネイビーブルーのビジネススーツを着た若い女性だった。

 その場の全員の注目を受けてギクシャクと歩くその両手には、黒い筒状の物体がある。


「彼女は民間からの技術協力者だ。自己紹介を」

「は、はは……はいッ! ソニア=アンナ・マーベルと言います! 民間人ですけども、仲良くして下さいッ!」


 小柄で黒髪、小さな顔には不釣り合いな大きさの黒縁メガネをしきりに指で持ち上げながら、緊張で顔を赤くしている。

 ハイスクールのクラス替えのような自己紹介に、トルノを始めとする6人の戦闘機乗りは一瞬呆気に取られ、次の瞬間には誰ともなく失笑が漏れた。


「このお嬢さんが、俺たちの勝利の女神に?」

「コックピットに乗り込んで、一緒に戦ってくれるんですかね。それともチアガールかな?」

「そいつはいい。盛り上がるぜ」


 こみ上げる笑いを噛み殺すマーフィーに、その弟のチェイニーが乗る。

 悪ふざけをとがめようと踏み出して、しかし今度もクルカルニに抑えられたミラが異を唱えようとすると、それまでおどおどしていたソニアがキッと顔を上げた。


「私は単なる技術者ですが、があなた方と一緒に戦います!」


 自信に満ちた表情とはっきりとした物言いに、品の無い言葉で揶揄からかった男ふたりが言葉に詰まる。


 大切そうに抱えていた黒い筒を、クルカルニの前にある演台にドンと置く。眼鏡を押し上げながら胸を張ると、小柄な割には立派な物だとその場にいる全員が思った。


「我が研究所が開発しました、次世代航空戦術ロボットシステム。通称A.W.A.R.エイワースS.の試作人工知AI脳です」


 眼鏡のレンズを光らせて高らかにうたい上げると、指を揃えた手でサッと示す。


「はい、自己紹介!」


皆さんこんにちはHallo-everyone。私は人工知能エイワースの内のです。個体名はジャグとお呼び下さい」


 ソニアの鼻息はフンと荒く、赤い表示ランプインジケーターをチカチカと光らせるジャグ。

 若手俳優のように爽やかな合成音声で「今後ともヨロシク」と締めくくられて、パイロットたちが静まり返る。


「冗談、だろ?」


 トルノがつぶやいた次の瞬間、基地全体に警報が鳴り響いた。

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