第2話

 ひとしきり笑い、しばらく会話を楽しんだ時俺は目的を思い出した。


「そう言えば、何か頼んでもいいですか? 」


そう言うと、店主がしまったと言うような顔をして、


「すいません。久しぶりに人と話すものでして。楽しくなってしまいすっかり失念していました。」


と言い、どこからか取り出したメニュー表をカウンターに置いた。ありがとうございます、と言ってからメニュー表を開くと、そこには手書きの文字が並んでいた。


字は俺の字と似ていた。丁寧に書いても字が汚いと言われるタイプの字だ。そう言う人はもれなくノートの消費するスピードが異常に早いのだが、店主もそうだったりしたのだろうか。


その字に目を通していく。いろいろカタカナで書かれていたが、山の名前っぽいとしか分からなかった。そもそも日頃コーヒーなんてほとんど飲まないし、飲んでもペットボトルに入ってあるやつくらいだ。


結局、俺はブレンドに逃げた。昔、友がブレンドは逃げだとか訳のわからないことを言っていたが、少しわかるような気も……しないこともない。取り敢えず、彼は一回怒られたらいいと思う。実際のところ、コーヒーについてどれくらい詳しかったのだろうか。もしかしたら今の俺と同じような知識量だったのかもしれない。


「ブレンドで。」


「かしこまりました。ブレンドですね。」


店主は嬉しそうに答えた。まるで初めて注文をもらった店員のように微笑んで。少なくとも一年はやっているはずなのに。


「しばらくお待ちください。」


そう言って俺に背を向け、コーヒーを作り始めた。作っている風景を見たかったのだが、今店主に話しかけるのは野暮だ。それは、また来た時に頼んでみればいい。ここが、今日しかやってないというわけでもないんだし。


珈琲豆を砕く音が響く。手動のミルのようだが、まるで機械のように規則的に音を発している。店主の動きの一つ一つが新鮮だった。店主は慣れた手つきで珈琲を淹れる。珈琲のいい香りが漂う。家じゃ絶対に感じることのない香りに胸を踊らしながら、次はいつ来ようかと考えつつ、しばらく店主を眺めていた。その姿はすごく格好が良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る