第34話 幅広の闇


「ぎ……ぎいっ」


 やがて力尽きたのか、組み伏せられている方の怪物がぐったりとなり目を閉じた。


「……ヒトの世カラ来たモノタチヨ、往くノダ。セイドウがヨコシマナ者タチニ荒ラサレル前ニ」


 ――人の言葉を喋った?


 私ははっとした。この怪物が『古代種』なのだとしたら、私たちを襲った方は……


「ねえあなた、もしかして本物の『古代種』なの?私たちを襲った方はあなたの偽物?」


「……ソウダ。コレはヨコシマなヒトが『純血種』のイデンシにオマエたちの世界のイキモノを組み合わセテコシラエタ、ニセモノダ」


「それでわかったわ。こいつはあんまり知性がなさそうだけど、『古代種』の本物は頭が人間並みにいいってわけね」


「ニンゲン並みデハナイ。ワレワレのチシキはニンゲンとは比べ物にナラナイ」


 私ははっとした。姿が異様だからといって人間より下等とは限らない。


「ごめんなさい、失礼なこと言っちゃって。助けてくれてどうもありがとう」


「セイドウに行く穴はホコラの下だ。押してズラセバアラワレル」


「押してずらす?あの「ほこら」って動かせるの?」


 私は振り返って「ほこら」をまじまじと見た。どうやら「ほこら」が乗っている石の台は奥に長い形をしているようだ。


「じゃ、やってみるわ。ヒッキ、キャンディ、手伝って」


 私たちは「ほこら」の前に立つと「せーので押すわよ」と言い合い、下の方に手を当てた。


「……せーのっ」


 私たちが力を込めて押すと「ほこら」はゆっくりと後ろに移動し、「ほこら」のあった位置に直径一メートルほどの丸い穴がぽっかりと現れた。


「この下が……『聖洞』?」


 よく見ると穴の淵から下に向かって、崖にあったのと同じ鎖がぶら下がっているのが見えた。


「ここを……降りて行くのね」


 私が呟くと、背後の『古代種』が「オヤガミサマが、ヨコシマナ人間タチノ言いなりにナル前に、ツエをトリモドシて欲しい」と言った。


「もしうまく杖を取り戻せたら、二度と敵の手に渡らないようあなたたちが守ってくれる?」


「モチロンダ。ヤクソクシヨウ」


「それを聞いて安心したわ。……だってこれから先は命がけだもの」


「ワレワレハ人間とはチガウ。約束はカナラズマモル」


「そう、わかった。……ヒッキ、キャンディ、行きましょ」


 私は闇の底へと続く不気味な穴に両足を突っ込むと、上半身を捩じって『古代種』の方を見た。


「ねえ、ひとつ言っておきたいだけど、あなたたちも人間に偏見を持ってるんじゃない?」


「…………?」


「人間にだってちゃんと約束を守る人はいるわ。特にプロフェッショナルはね」


 私はそう言うと、まるで先の読めない地下への旅に足を踏みだした。


                 ※


 暗く狭い縦穴を下り切った私たちが辿りついたのは、人の手で掘られたトンネルのような巨大な横穴だった。


「この奥に「もう一体の純血種」がいるのかしら。『グライアイ』がそこにいるなら当然、久里子さんも奥に向かったことになるわね」


「ボス、焦りは禁物です。過去のデータだとボスが焦って先を急いだ数は……」


「もういいわヒッキ、必ず良くない結果になったって言うんでしょ?慎重に行くわ」


 私が先をうかがいつつ、ひんやりした空気の中をおそるおそる歩き出したその直後だった。


「ふうーっ、ふうーっ……もう駄目、げんかーい」


 突如、キャンディが声を上げてへたりこんだかと思うと、放り出された人形のようにがくりと頭を垂れた。


「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 私が引き返すとキャンディは拳を握り、「んぐあああっ」と唸り声を上げ始めた。


 ――変身が解けるんだわ! ……もう、唐突なんだから。


 私と古森が見ている前でキャンディはみるみるうちに小柄小太りの中年男性へと変化して行った。


「……はあ、はあ、すみませんボス、力のコントルールが思うようにできませんでした」


 おじさんの姿に戻った石亀は両脚にピンクのハイソックス、頭にボンボン付きのヘアゴムを残したままいつもの落ちついた声で言った。


「……もう大丈夫です。さ、行きましょう」


「本当? ……服、きつくない?」


 私がタンクトップの下から見えるお腹を気にしながら尋ねると、石亀は「着替えている余裕はありません。『古代獣』の話が本当なら、事態は一刻を争います」と言った。


 洞窟は奥に行くほど狭くなっているように見え、本当にこの先に「もう一体の古代獣」がいるのだろうかと私は首を傾げた。


「――えっ、分かれ道?」


 うっすら様子がわかる中を進んでいると突然、行く手が三方向に分かれて私たちの足を止めさせた。


「どうしよう、間違ってたら引き返して来なくちゃならないわ」


 私がその場で足踏みしていると、ふいに横合いから大きな影が前を塞ぐように姿を現した。


『ヒトヨ、ココカラはワタシがアンナイする』


 私たちの前に現れたのは、首から石を繋げた輪をぶらさげた獣だった。獣は虎のような身体に蛇の尾を持つ、先ほど私たちを助けた『古代獣』とは逆の姿の生き物だった。


「あなたが正しい道を教えてくれるの?」


「ソウダ。『オヤガミサマ』ノトコロニツヅク道だ」


「オヤガミサマっていうのはつまり、「もう一体の古代獣」のことね?」


「……トニカク、クルノダ」


 私たちは目で頷きあうと、新たに現れた『古代獣』の後に続いた。




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