第33話  一時的な眠り


「うわあ、本当に「ほら穴」って感じ」


 横穴に足を踏みいれた私は、奥に伸びる闇に思わず声を上げた。


 狭い洞窟内をひんやりとした空気を感じながら進んで行くと、やがてごつごつした岩肌の真ん中に突然、人工的な物体が姿を現した。


「これだわ……「ほこら」は」


 「ほこら」は衣装ケースほどの屋根付きの箱で、正面に観音開きの扉がついていた。


「この中に『雷獣の杖』があったのね。悪いけど、毎月ここに来るなんて私には無理……」


 私が空と思われる祠の前で形ばかりの祈りをささげた、その直後だった。


「ぎゃあっ☓○▽△!」


 突然、近くでこの世のものとは思えぬ悲鳴が上がり、人が倒れる気配があった。振り向くと、古森が白目を向いて地面にひっくり返っているのが見えた。


「ヒッキ、どうしたの?」


「か、か、かえりゅううう」


「え、何、カエル?」


 私は状況を察し、古森の倒れている当たりの岩肌を見た。すると小石ほどのサイズのカエルが岩に貼りつき目を動かしているのが見えた。


「ヒッキ、こんな小さいのでも駄目なの?」


「カ、かえりゅはだめ……」


 古森はとにかくカエルが苦手なのだが、まさかこのサイズで動けなくなってしまうとは。  


 泡を吹きそうになって痙攣している古森を見て、私は当分動くのは無理だなと察した。


「しょうがない、少し休みましょうか」


 私は洞窟の外に目をやると、古森の傍らにへたり込んだ。私の耳が不気味な唸りを捉えたのは、洞窟の静寂に耳がなじんだ直後だった。


「ぐうううう」


 振り向いた私は「ほこら」の後ろから現れた禍々しい影を見た瞬間、一瞬でも警戒を緩めたことを激しく後悔した。

 私の前に現れたのは、野犬のような身体に蛇のような首を持つ獣――撮影現場と保養所の庭で会った、あの生き物だったのだ。


「お姉さん下がって。私がやっつけるわ」


 そう言って前に進み出たのはキャンディだった。


「無理しちゃだめよ、キャンディ!」


「まーぁかせてっ」


鎌首をもたげ迫ってくる獣に対し、キャンディは腰のポーチから取り出した薄い布上の物体をひらひらとかざしてみせた。


「あれは……」


「――そうれっ」


 キャンディは狭い洞窟の中で小さくジャンプすると、獣の背に手にした布状の物体を素早く張り付けた。


「ぐ…ぐう……」


「どう?少しは優しい気持ちになった?」


 獣は忌々しげに喉を鳴らしつつ、抗えない力に屈するように地面にごろりと身体を投げだした。


「――やったあ!」


 私は獣の背に貼り付けられた物体を見て、なるほどと思った。布状の物体は巨大な花柄の絆創膏で、キャンディの『フラワーヒーリング』という武器なのだ。

 絆創膏の裏側には鎮静剤と麻痺剤が染み込ませてあり、身体に染み込むと動きが鈍くなる。


「よーし、今のうちに「下」に行く穴見つけて降りちゃおう!」


「待ってキャンディ。ヒッキがまだちゃんと動けないの」


「えーっ、せっかくチャンスなのにい」


 ぐずるキャンディを宥めつつ、私が古森に声をかけようとしたその時だった。


「ぐ……ぐううっ」


 再び獣の唸りが洞窟内にこだまし、振り返った私は思わず「しまった」と叫んでいた。

 絆創膏を貼りつけたままの怪物が立ちあがり、ふらつきながら近づいてきたのだ。


 ――甘かった、やっぱり普通の生物じゃないんだ……今度は私が部下たちを守らなきゃ!


 私が意を決して古森とキャンディの前に身を投げ出そうとした瞬間、突然、怪物の背に同じくらいの大きさの影が飛び乗るのが見えた。


「……ぐあっ?」


 現れた影は怪物の身体に爪を立て、首筋に噛みついた。


「ぐぎいいっ」


 ――あれは……全く同じ生き物?


 私は目の前の奇怪な光景に、言葉を失った。犬の身体と蛇の首を持つ怪物を、全く同じ姿の怪物が組み伏せていたのだ。

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