第31話 急斜面は嫌すぎる
「やーっと着いたあ。思ったより時間かかっちゃったけどお姉さん、お尻痛くない?」
キャンディがそう言って過酷なドライブに耐えた私をねぎらった時、私は既に地面に這いつくばってひたすら荒い呼吸を繰り返していた。
「じゃ、私ちょっと着替えてくるからここで待ってて!」
「着替え?」
「だってあの崖に上るんだよ。このままだとドレスが裂けちゃうよ」
キャンディの視線を追って上を見た私は、思わず「ひょっとしてこの上にあるの?」と限りなく弱音に近い感想を漏らしていた。
バイクを停めた場所のすぐ近くに見える崖は下から見るとほぼ垂直に近く、はるか上からぶら下がっている鉄製の鎖をただひたすら手繰ってゆくのが順路らしかった。
「ねえキャンディ……ほかに「ほこら」に通じてる道はないのかしら」
「たぶんないっ。……じゃあ着替えてくるね! ……あ、そうそう。準備運動しとかないと、死んじゃうかもよ!」
私は近くの木立に向かって走り去る背中を見ながら、ふうとため息をついた。一応、作業用のパンツとスニーカーという動きやすいいでたちで来てはいるが、まさか「ほこら」までの道のりがロッククライミングだとは想定していなかったのだ。
――参ったな、キャンディの言う通りもっと普段から運動しとけばよかった……
そこまで考えて私ははっとした。久里子さんは私たちよりも先にここを登ったのだ。それも、杖を持ったまま。
行かなくちゃ、と私は上を見上げ決意を新たにした。
「お待たせっ、これで崖でもはしごでも楽に行けちゃうよ」
再び現れたキャンディの服装はボーダーのタンクトップに短いデニムの上着とひざ丈のデニムパンツという、中身がおじさんだと思わなければそれなりに可愛らしいコーディネイトだった。
「キャンディ、本当にあなたも登るの?」
「当たり前でしょ。後からくる人たちだってみんな、登るんだよ」
「あ、そうか。大丈夫かな……」
壁面でゆらゆら揺れているとても頑丈とは思えない鎖を見て、私はこの切れそうな鎖に金剛がぶら下がったらどうなってしまうのだろうとぞっとした。
――いやまてよ。コンゴは瞬間移動ができるんだ。……でも。
よく考えると金剛がテレポートできるのは、私がピンチの時だ。つまり私が先に上に行っていないと瞬間移動は使えないのだ。
「あー、私も超能力を身につけておくんだった……どうやって身につけるのかはわかんないけど」
私は早くも鎖に両手をかけているキャンディを見ながら、なんの特殊能力もない自分を嘆いた。
私の部下には他にも並外れた身体能力を持つ者や空を飛べるものまでいる。しかしその能力は、私が窮地に陥らなけばほとんど発動することはない。……そう、超能力というのは普通の人が考えるほど便利な物ではないのだ。
「なにしてんの、早く行かなくちゃ」
キャンディが二つ結びからひとつ結びに変えた髪を揺らしながら、怒ったような顔で私を急き立てた。
――そうだ、どんな能力を持ってるかなんて関係ない。私は久里子さんたちを助けに行かなければならないのだ。
私は意を決すると、先に登り始めたキャンディの後を追って鎖に両手をかけた。
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