第23話 魔獣語るべし
「私たちは熊か野犬だとばかり思っていたのですが、監督が言うにはその生き物は人間の言葉を喋っていたと言うんです」
「人間の言葉を?」
「はい。〈杖の力を見たければ命を捨てる覚悟をすることだ〉、生き物は監督にそう言ったそうです。私たちは監督が頭でも打って、幻覚を見んだろうと思ったんですが……」
リサはそこまで言うと、よくわからないというように頭を振った。
「探偵さん、何とか無事に撮影が再開できるように、このおかしな出来事の裏側を調べてもらえませんか」
「そう言われても……」
つい先日、杖の調査で異常な体験をしたばかり――とは言えなかった。
「と、とにかく監督さんのお見舞いがてら、お話をうかがってみることにします。調査はその後、ということでいかがです?」
「……わかりました。伝説の殺陣は私もやってみたいのですが、怪物を相手にするくらいなら平凡な作品になっても構わないと思っています」
リサはそう言うと、同意を求めるようにクリコさんの方を見つめた。
※
「まったく、なにやってるんだろうねえ」
病院のベッドでしょげているライルを見た瞬間、久里子さんは厳しい口調で言った。
「僕は情けないよクリコ。あと少しでもう一つの杖を見られるはずだったんだ」
「いいや無理だね。あのほこらは管理人も覚悟して行くような難所なんだ。素人がいきなり訪ねていけるような場所じゃないんだよ」
「それはないよクリコ。年を取ったとはいえ、体力には自信があるんだ。化け物に邪魔さえされなければ……」
「その化け物ですけど」
私は気持ちがはやるあまり、つい二人の会話に割って入った。
「どんな化け物でした?」
「最初は小さめの虎かと思いました。しかしよくみると尻尾のあたりに蛇がいて、おまけに途中から羽が生えて宙を舞い始めました。あんな生き物は見たことが無い」
――また、新しいタイプの奴だ!
いったいどれだけの『古代種』がいるのだろう。私がこれ以上、『古代種』と『グライアイ』のいざこざには関わらない方がいいのではないかと思いかけた、その時だった。
「なに、二週間たって怪我が完治したらまた行くさ。僕はどうしても二十年前のあの殺陣を再現したいんだ」
「馬鹿お言いでないよ!」
久里子さんが珍しく感情を露わにして、ライルを正面から怒鳴りつけた。
「いいかいクリストファー。あんたは映画界にまだまだいなくちゃならない宝なんだ。万が一、後遺症が残るような大怪我でもしたら、今まであんたを支えてきた世界中のファンになんて申し開きするつもりなんだい」
「でも、それではわざわざ日本でのロケに踏み切った意味がない……」
「弱気だねえ。あんたの前作、ちょっと観せて貰ったけどいい絵を撮るじゃないか。殺陣なんざなくても、素敵な作品になるよ。あたしが保証する」
「クリコ……やっぱり出てはくれないのかい?」
「しつこいよクリストファー。今のあたしは女優じゃない、探偵社の雑務係なんだよ」
久里子さんがぴしゃりとはねつけると、ライルは信じられないというように頭を振った。
「僕には理解できないよクリコ。あんなに生き生きとアクションをこなしていた君が、小さな探偵事務所の雑用をしているなんて」
「探偵の仕事を舐めちゃいけないよ、クリストファー。よそのことは知らないけどね、少なくともうちの会社に限って言えばあんたの撮る映画よりはるかにドラマチックな仕事だよ」
久里子さんはきっぱりと言うと、あっけにとられているライルに片眼をつぶってみせた。
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