第21話 ポンコツの誇り
――どうしよう。一応は調査のプロだし、いくら朽木さんが駄目ならいいと言ってくれたって、この辺の写真や動画を撮ってお茶を濁すのはプライドが許さないわ。
私がわけのわからないこだわりでもやもやしかけた、その時だった。
「あっ……あの窓」
ふいに大神が三階あたりの窓を目で示し、驚いたように言った。慌てて視線を追った私も次の瞬間「あっ」と小さく叫んでいた。素早くカーテンを引いた人物の横顔に、見覚えがあったのだ。
――飛燕?
「どうやら中に人がいることだけは、間違いなさそうね」
私が誰でも言えるような推理を口にすると、大神が「いたとしても侵入や盗撮は無理です」と踏みこむ口実を探していた私を即座に制した。
「うーん、門くらい開けてくれてもいいのに……あっ、あれ何かしら」
建物の裏手に回った私は、少し先に通用門らしい入口があることに気づいて声をあげた。近寄って触れて見ると、錆びの浮いた鉄製の門はきしみながら内側に動いた。
「見てウルフ、この通用門、施錠されてないわ」
「されてなくたって、開けちゃ駄目ですよ」
大神は強めの口調で言うと「俺、ちょっと報告書にそえる資料写真を撮りに行ってきます。ボスは誰か通りかかったら聞き込みをお願いします」と付け加えた。
大神が立ち去った後、私は建物の裏側をしげしげと眺めた。
――窓はない。ということはここから入ってもすぐに見とがめられることは、ない。
私は自分に都合のよい理由をでっちあげると、あたりを見回しつつそっと門を開けた。
――ちょっと、中を見るだけ。
敷地に足を踏みいれた私が警戒しながら建物に近づこうとした、その時だった。いきなり背後で「がちん」と言う音がして、私はその場で動きを止めた。
――ロックされた?
私は慌てて引き返すと、門に手をかけ力を込めた。だがちょっと前に難なく開いた門は、私が渾身の力を込めてもうんともすんとも言わなかった。
――しまった、私としたことが!
門は二メートル以上あり、台でもなければ乗り越えられそうになかった。私は携帯に伸ばしかけた手を止めると、あたりに踏み台になりそうな物はないか探しはじめた。この程度のことで助けを求めて部下を動揺させてはいけない。私は、探偵社の二代目所長なのだ。
※
私はいったん門の前を離れると、踏み台になりそうな物はないかあたりを見回した。やがて少し離れた場所にベンチらしき物を見つけると、重さを確かめるため近づいていった。
――うわっ、重い。
果たして誰にも見とがめられずにこれを門の前まで移動させることができるだろうか。いや、それ以前に私の力でこれを引きずってゆくことができるだろうか?
そんなことを大急ぎで考え始めた、その矢先だった。ふいに視界の隅で芝生が持ちあがるのが見えたかと思うと、そのままハッチのように開いて中から見覚えのある怪物――ロケ現場で遭遇した野犬のような身体と蛇のような首を持つ生物が姿を現した。
――まさか、こんなところにまで……
私は後ずさりつつ、でも少し違うなと冷静に思った。形はそっくりだが、あの時の怪物から感じた知性のような物が、今度の奴から感じない。
「うう……タンテイ……シネ……」
穴から現れた怪物は、ぐるると不気味に喉を鳴らすと私との距離を詰め始めた。
「何の研究だか知らないけど、私たちを脅しても意味ないわよ」
私は怪物に対し強気の牽制を口にすると、身を翻し門のところまで駆け戻った。
――だめだ、指先だけでも縁にかかればと思ったけど……
私は門の前でぴょんぴょん跳ねながら、この向こうに行くのは絶望的だと確信した。
振り返ると怪物はもう目の前数メートルの位置に来ていて、私はベンチを引きずってくる余裕も大神に電話する余裕もないことを悟った。
――こうなったら敷地内を逃げ回るしかない!
私が脱出を諦めひたすら逃げる方向に舵を切った、その時だった。突然、吠え声と共に黒い影が私と怪物との間に着地した。
「わおおんっ」
黒い影――小型の犬は唸り声を上げる怪物に飛びかかると、動きを封じるべく小さな体で果敢に喰らいついた。
「――ウルフ!」
私はピンチを救ってくれた黒い犬に、思わず叫んでいた。この頼もしい犬は我が探偵事務所の調査員、大神が「変身」した姿なのだ。
怪物の大神を振り払う力はすさまじく、やがて大神は怪物に放り出され芝生に叩きつけられた。
「ウルフ、大丈夫?」
思わず駆けよろうとした私を怪物の「があっ」という咆哮が制し、私はやむなくその場で動きを止めた。
――だめだ、動けばどちらかが餌食になってしまう!
私がなんとか怪物をこちらに引きつけなければと覚悟を決めた、その直後だった。何もない空中に突然、黒い物体が二つ現れたかと思うとそのまま怪物の上に落下した。
「――ぐあっ!」
地響きと共に土ぼこりが舞い、怪物がこの場にそぐわない物体と一人の見慣れた人間の下敷きになるのが見えた。
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