第20話 かくも短き調査


「……というわけで伊妻修吾から得た情報を元にM製薬の保養所跡を訪ねてみようと思うのですが……『グライアイ』という女性が仮に飛燕の雇い主だった場合、しらばっくれる可能性が大です。何かアイディアがある人はお願いします」


「はい」


 手を挙げたのは、大神だった。


「ボス、実は朽木あゆみさんに聞いてみたんですが、調査に危険が伴うならもう無理に杖を取り戻さなくてもいいそうです。もし杖斎先生が杖を必要とするなら、警察に盗難届を出すだろうからとのことです」


 私は黙り込んだ。そういう流れになるのではないかと思っていたのだ。


「――その調査、私が依頼しても構いませんか?」


 いきなりノックもなしにオフィスに現れたのは何と修吾の助手、雪乃だった。


「あなたが?」


「……はい、実は私、N岬の近くに実家があってエイ……修吾さんのお父様にはよくお世話になっていたんです。修吾さんが杖を使ってやろうとしているビジネスにはいいも悪いもないんですが、『グライアイ』の手に渡ってしまうのは気分が良くないんです」


「お話はわかりました。でも、我々の仕事は調査であって犯罪の捜査ではないんです。仮に盗まれた杖が『グライアイ』の元にあったとしても、強制的に押収することはできません」


「わかっています。とにかく一度、彼らの居場所に行ってみてください。その経過を報告していただければそれで充分です。一度だけの調査というのもあるんでしょう?」


 私は石亀の方を見た。石亀は表情を変えずにうなずいた。なくはない、という意味だ。


「いいでしょう、杖は取り戻せないかもしれませんが行くだけ行ってみます。その場合、請求するのは必要経費と最低限の報酬――ということになりますが、よろしいですか?」


「はい、構いません」


 ――ああ、これで怪し気な「杖」をめぐる調査も終わりかあ。


 密かに落胆を覚えた私だったが、結果から言うとこの調査が後に続く一大事件への引き金となるのだった。


                ※


「……反応がないわね。呼び鈴に応答もしてくれないんじゃ、調査自体始められないわ」


 N岬の北、坂を上る途中にある建物の呼び鈴を鳴らした私と大神は、門の前でしばし立ち尽くした。


「たとえ『グライアイ』が中にいても、文字通りの門前払いじゃどうにもならないわね。もうあとは不法侵入しかないもの」


「捜査令状でもないと駄目ですね、これは」


 私と大神は門の前を離れると、小さなホテルほどある敷地の周りを塀伝いに歩き始めた。


 ところどころ雨染みのような黒ずんだ汚れが目立つ外壁は見たところ監視カメラのたぐいもなく、中で異端の学者が研究しているようにはとても見えなかった。


「セキュリティらしき物はなさそうだけど、それでも塀を乗り越えたりしたら通報されるわよね」


「ボス、それは一般の家屋でも一緒です」


 大神が眉をひそめつつ、「やらないでくださいよ」と釘を刺すように言った。


 

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