第19話 遺伝子の収穫


「僕の知っているこの若者は本橋研二もとはしけんじと名乗っていました。僕が古生物の遺伝的特徴をデータベース化するビジネスをやっていた時、助手として雇った人物です」


「その時の身分は?」


「大学院生と言っていましたが、裏までは取っていません。ただ僕が雑談に交えて話した『古代神獣の杖』の話に異常に興味を示していました」


 私は杖を盗んだことをあっさり認めた修吾にあきれつつ、彼の話す若月飛燕の身の上に夢中で聞き入った。


「自分が『古きほこらの裔』であるということは話したんですか?」


「言っていません。言えば杖が実在することを彼が知ってしまいますからね。いらない関心を持たれたくないという点では僕も親父も一緒です」


「じゃあ、飛燕は自分で調べた……?」


「それか杖の実在を知っていて僕に近づいたか、そのどちらかでしょう」


「いったい何の目的で?」


「それに関しては少しばかり思い当たることがあります。ですがこれは口外されると困ることなので、みだりに外の人間話さないと約束してください」


「わかりました。私たちもそれがわからないことには飛燕をつかまえられません」


「ううむ……仕方ないですね。ではお話しましょう。……実は「古代種の復元」をもくろんでいる人物がいるらしいのです」


「古代種の復元?」


「つまり、杖に取りつけられた古代神獣の頭部――剥製からDNAを抽出し、それを元に絶滅したと言われる「古代種」を自分の手で生みだそうというのです」


「生みだしてどうするんです?」


「さあ。さすがの僕もそこまではわかりません。古代神獣が持っていたという超能力に関心があるのかもしれません。ただ一つはっきりしているのは、復元したところでいいことは一つもないということです」


「……というと?」


「古代神獣とは古代種の中で最も強い力を持つ種――『純血種』のことです。『純血種』の持つ力はあまりにも大きすぎて種そのものを亡ぼす力とも言われています。故に『純血種』は、自身の存在を人間はおろか同族の「古代種」からも遠ざけひっそりと生きていたのです」


「その最後の生き残りが、杖に取りつけられていた剥製だと?」


 私が核心に切り込むと、修吾は「そうです」と頷いた。


             ※


「それと、親父が管理する「ほこら」にあるもう一本の杖もそうです。実は『純血種』最後の一体は双頭の神獣なのです」


「双頭の……」


 鬼淵杖斎先生に奥義のヒントを与えた神獣は死ぬとき、自分の頭部を二つに分け、それを二本の杖に取りつけて保存するようにと言い残しました。これは種が絶滅した後、自身の持つ超能力の一部を杖の持ち主に与えるというメッセージでもあったのです」


「でもあなたはその「力」をビジネスに使おうとしている……」


「お金儲けは悪い事ではないでしょう?」


 修吾はしれっと悪びれることなく言った。


「ですが「復元」となると話は変わります。実現したところでいいことは一つもありません」


「飛燕はそれをやろうとしている?」


「あるいは彼の背後にいる何者かが、でしょうね。……あてにされては困るのですが、「復元」に関心を持っている人間を一人だけ知っています」


「その人と飛燕との間に、繋がりがあると?」


 私がもっとも知りたかったことに踏みこむと、修吾は無言でうなずいた。


「間違いなく彼の上司、あるいは黒幕と言っていい人物だと思います」


「名前はわかっているんですか?」


「通称しかわかっていません。異端の女性学者『グライアイ』として知られる人物です」


「グライアイ……その人は今、どこにいるんです?」


「最近はN岬の近くにあるM製薬の保養所跡に住んで独自の研究をしているという噂ですが……親父の知人に聞いた話だから本当かどうかはわかりません。……ただ、その噂がもし本当だったら僕としては心中穏やかではいられませんがね」


「どうしてですか?」


「親父が管理する「ほこら」はN岬の目と鼻の先なんです。「グライアイ」があわよくばもう一本の「杖」を手に入れようと機会をうかがっている可能性もある」


 私は修吾の話を聞きながら携帯で素早くN岬の位置を調べた。画面上に表示された地図を見た瞬間、私は思わず「嘘っ……ここなの?」と叫んでいた。


「どうしました?」


「いえ、別に……」


 私は動揺を悟られまいと必死で態度をつくろった。N岬は何と、ライル氏が映画の撮影を行っている山地のちょうど真裏に位置していたのだ。



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