第17話 現役っぽい女


「ボス、来ましたよ反応が」


 全員がデスクでパソコンに向かい静まり返ったオフィスで、大神が突然声を上げた。


「来たの?」


「Aという人物からダイレクトメールが来ました。見ますか?」


「見せて」


 私は大神のデスクに近づくと、ダイレクトメールの文面に目を走らせた。


〈『古代神獣の杖』に詳しい人間をお探しとのことですが、ひょっとしたら多少の知識があるかもしれません。現物を確かめた上でお話をしたいと思うのですが、御都合はいかがでしょうか〉


「……どうです?」


「現物を見たいと言ってるあたり、かなり脈はありそうね。でも価値がありそうだからうまいこと言って巻きあげようっていう輩かもしれないわ」


「石さんはどう思う?」


 私が石亀に尋ねると、我が探偵事務所の重鎮は「おおむね同感ですな。会うにしても充分な警戒が必要でしょう」と答えた。


「で、指定してきた場所は、なになに……えっ?」


 私はメールの終わりに記されている待ち合わせ場所を見て、思わず目を疑った。書かれていたのは、私が数か月前に卒業した大学の購買部という意表をつく場所だったのだ。


                ※


 大学の購買部を数カ月ぶりに訪ねた私は、トレーニングウェア風のブルゾンにパンツという微妙ないでたちでダイレクトメールの相手を待った。


 肩から下げている布袋には一応、短時間で用意した武道用の杖が入っている。


「……シオタさん?」


 私が専門書コーナーで棚の本を見つめていると、ふいに背後から誰かが名前を呼んだ。


「そうですけど……」


 振り向いた私は、イメージと違う相手の外見に目を瞠った。てっきり男性が来るものと思っていたのだが、現れたのは現役の学生と見まごうような若い女性だった。


 ――まあ私も少しばかり髪型を大学生っぽくしてきちゃったけどさ。


 髪を結う高さを少し上げただけで若返った気になるのは、それだけ私が「所長」のポジションにどっぷり漬かっているからだろう。


「……あなたが「A」さん?」


「私は「A」の助手……使いの者です」


「助手?」


「はい。森川雪乃ゆきのといいます。これから「A」の待っている場所にご案内します」


「私は汐田絵梨。雑貨の輸入を手掛けてるの」


 私が用意した名刺――もちろん「探偵」ではなく架空の企業名が記されたダミーの名刺だ――を渡すと、雪乃は「あら、学生の方かと思ったらお店を経営されてるんですね」と目を丸くした。


「ちなみに「A」さんはどちらにいらっしゃるんですか?」


「キャンパスの北端にある『古生物資料館』のロビーにいます」


「古生物資料館……」


 聞きなれない施設名に、私は現役だった時の記憶を辿った。だが、入ったことはおろか話題にしたこともない建物だった。……というか私はそもそも自分の学部のあるあたり以外、足を踏みいれたことがほとんどなかったのだ。


「では、参りましょうか」


 雪乃はそう言うと、袋の中味をあらためることもせず私の前を歩き始めた。


 ――ウルフ、とりあえず建物の前までは目を離さないようにね。


 私は近くで様子をうかがっているであろう大神に、心の中で指示を飛ばした。

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