第13話 ロケ現場内の魔の生き物


「では、はじめます」


 農具置き場のような小屋があるだけの樹木に囲まれた空地で、あゆみは数メートル離れた場所の私たちに向かって声を張った。


 あゆみが携えている杖は盗まれたものとは異なり、柄らしきものが無いただの長い棒だった。本来はそういう棒で練習するという話だから杖斎の流儀はよほど特殊なものなのだろう。


「――は!」


 あゆみは棒を持った両手を頭上でVの字に開くと、添えた方の手を素早く滑らせながらくるくると回転させた。

 その華麗な棒さばきを眺めながら私は「もうこれで充分なんじゃないか」と思うと同時に、先端に頭などついていない方がさばきやすいのではないかと首を傾げた。


 ――きっと、普通の武術ではない特殊な技なんだろうな。


 全く世間に知られていないのは、普通の武術からすると「邪道」な面があるからかもしれない。そうなると映画の殺陣としてはあまり使えないのではないだろうか。


 私は瀬奈光晴が口にした「超能力を持つ古代生物」という言葉を思い返し、ひょっとすると『古代神獣の杖』を使った戦いは普通のチャンバラではないオカルト的な物なのかもしれないと思った。


 ――まあ、私の立場からすると超能力を笑い飛ばすことは無理だけど。


 私がこの数か月の信じられないような体験を振り返りつつ、あゆみの華麗な動きを眺めていた、その時だった。


 ふいに人の声ではない獣の唸り声のような物が聞こえてきたかと思うと、二体の異様な生き物があゆみの左右に出現した。


 ――あれはいったい?


その場に固まったあゆみを威嚇していたのは、野犬を思わせる黒い身体から蛇のような長い首がつきでている異様な生物だった。


「――あっ!」


 二体のうちの一体が突然口を開けると、長い舌を伸ばしてあゆみが持っている棒を奪い取った。


『チガウ』


『コレ、オヤガミサマの杖デハナイ』


 私は仰天し、自分の耳を疑った。動物が喋った?


「返してっ」


 あゆみが一瞬の隙をついて棒の端をつかんだ瞬間、怪物の舌と棒が青白く輝いてあゆみの身体を弾き飛ばした。


「……うう」


 あゆみが地面に突っ伏して呻くと、怪物は棒を放り出し『ユコウ』とあゆみに背を向けた。


「あゆみさん、大丈夫?」


 私があゆみの方に向かって足を踏みだしかけた、その時だった。私の足は目に見えぬ力はによってその場に釘付けになった。動けない私が呆然と見つめる中、二体の怪物は木立の中に吸い込まれるように消えていった。


 ――いったいなんなの?あれ。


 ようやく動けるようになった私があゆみに「あんな生き物がいるんですね」と言うと、あゆみは「私も初めて見ました」と震える声で返した。


 ――それにしても、『オヤガミサマの杖』ってなんのことだろう。


  私は怪物の消えた木立の方をちらりと見た後、二人を促して来た道を引き返し始めた。


                 ※



「オヤガミ様……その獣は確かにそう言ったのだね?」


「はい、先生」


 簡素な造りの道場で私たちを迎えたのは、グレイヘアを後ろに撫でつけた小柄な初老男性だった。


「ううむ……私の懸念が当たっているとすれば、『オヤガミ様』というのは『古代神獣の杖』につけられている獣の頭――古き血の獣のことであろうな」


 鬼淵杖斎は謎めいた言葉と共に、やるせなさそうな表情をこしらえた。


「古き血の獣……といいますと?」


 私は気遅れしつつ、問いを挟んでいた。杖斎にとって久里子さんとあゆみは面識のあるいわば旧知の人物だが、私はまったくの初対面なのだ。


「私の父に杖を作らせた、人を超える知を持つ生き物のことです」


「杖を作らせた、ですって?」


「はい。父が若い頃、山中で修業をしていた時に一匹の獣……といってよいのかどうかわかりませんが……と出会い教えを乞うたことが杖の由来なのです」


「教えを乞う……獣に?」


「そうです。聞いた話によりますと、獣は人の言葉を話すだけでなく知識においても人をはるかに超えていたとのことです。獣は身のこなし、気配を読み取る術、周囲と一体化する呼吸など最低限の力で相手を倒す極意を父に伝授したといいます。そんなある日、父が修行の場に赴くと地面に獣の――いや「師匠」の頭部が転がっていたのです」


「えっ」


「それを見つけた瞬間、父の頭の中に「師匠」が語りかける言葉が響いてきたそうです。「私の頭を剥製にして杖に取りつけよ、そして「古き力」を操ることができる者にのみ、杖を持たせよ」と」


「古き力を操れる者にのみ……」


 私ははっとした。つまり獣――「師匠」が言う力とは、一種の超能力のことではないのか。


「先生、ひょっとするとその獣の言う「力」とは、杖の技術ではなく超能力のような未知の力のことだったりはしないんですか?」


 私が尋ねると杖斎は「うむ」と頷いて「実は父の死後、私も『古代神獣の杖』を使った修行を試みたことがあったのです」


「何か普段使っている道具との違いは、ありましたか?」


「全く違いました。心の中に常に何者かが呼びかけてくるというか……つまり、通常の武術の修行ではなく夢の中で戦っているような未知の体験だったのです」


「ということはお父様の「師匠」に当たる獣はそういう「力」を持っている生き物だったということになりますね」


「それこそが『古代神獣』なのです。父の「師匠」が最後の一体だったかどうかは定かではありませんが、ミイラ化しても何らかの力を有しているとなれば、その神秘の力を狙う者がいたとしても不思議ではありません」


「武部哲史はそのことを知っていましたか?」


「もちろん。他に力を欲しがっている者がいて、彼が誘惑に負けたと考えれば盗みだした理由も理解できます」


「なるほど、よくわかりました。では仮にその「師匠」が『オヤガミ様』だったとして、私たちが目撃した喋る獣は一体、なんだったのでしょう?彼らも『古代神獣の杖』を探しているんでしょうか」


「おそらく父の「師匠」と同じ一族でしょう。なぜ杖を探しているのかはわかりませんが、彼らにとって「師匠」の頭部は一族の存続に関わる重大な何かなのだと思われます」


「ミイラ化した頭部が、一族の存続を……」


 私は唖然とした。にわかには信じがたい話だ。


「痕跡は一つも残っていませんが、 杖の置いてあった部屋を覗いてみますか?」


「はい、お願いします」


 私は慣れない正座から解放されてほっとしつつ、他の二人と共に奥の間へと向かった。


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