第12話 ポンコツ探偵最初の挨拶
「武部哲史?確かにキャスティングの中に名前を連ねてはいますが、ここ数日は出演シーンが無く、私用でチームを離れています」
改めて私たちに武部のことを問われたライルは、困惑したように言った。
「私用って……内容について事前に何か言っていましたか?」
「詳しいことは知りません。とにかく出演シーンの撮影までには戻って来ると……」
「実はその武部さんが今回の『古代神獣の杖』を盗んだ犯人なのです」
「本当ですか?これは参りましたね。その話が本当なら、彼の役に代役を立てなければならなくなります」
「そうした方が無難かと思います。……とにかく武部さんはここにはいないってことですね?」
ライル氏が頷くのを見た私は、これはもう現場に戻って来ることはないなと直感した。
「もし戻ってきたらすぐ連絡を下さい」
「了解しました」
結局、飛燕の行方を追うしかないのかと天を仰ぎつつ、私は『古代神獣の杖』に対する興味がさらに深まっている自分を意識した。
※
映画『神獣』のストーリーはこうだ。
ある組織の情報を持ちだし日本に逃亡した人物を、その人物と因縁のある女性捜査官が折ってゆく。
逃亡者は杖術の使い手で『神獣の杖』を持っている。捜査官が連れてきた十名の部下は逃亡者によって倒され、女性捜査官は『神獣の杖』と対になっている『荒神の杖』を求めて秘境にある「ほこら」を目指す。
実は逃亡者と女性捜査官は父と娘で、日本の洞くつで杖を武器に一騎打ちを行う。女性捜査官に追い詰められた逃亡者は洞窟の奥にある地底湖に落ちて死ぬ。
女性捜査官は二本の杖を捜査の途中で知り合った日本の若い武道家に託すと、洞窟の中へと引き返して行く。
一言で言うと、神秘の杖と運命に翻弄された父娘を描くアクションファンタジーなのだ。
※
「困ったわね。武部の居場所に心当たりがないんじゃ、杖術繋がりは諦めて石さんたちと合流するしかないわ」
「まあ、息抜きだと思ってロケの見学でもしていったらいいじゃないかね」
「――そうだ久里子さん、私もその杖斎先生って方に一度会ってみたいわ。これから一緒に道場に行ってもらえる?」
「しょうがないねえ……ちょっと聞いてみるとするかね」
そう言って久里子さんが取り出したのは、今年発売されたばかりの最新型携帯だった。
「――ああ先生?島津です」
久里子さんが通話相手と交わす声を聞いた私は、思わず「えっ?」と耳を疑った。
いつもはトーンを抑えたハスキーな久里子さんの声が、女優のようによく通る声に変わっていたからだ。
「ええ、はい……今日なら五時までですね。わかりました」
久里子さんは通話を終えると私に「稽古が終わった後、日没前の三十分くらいだったらいいそうだよ」と言った。
「わかりました。それなら充分、間に合いそうですね」
私たちが駐車スペースに停めた車に引き返そうとした、その時だった。
「……探偵さん!」
声を上げてやってきた人影を見た瞬間、私は思わずあっと声を上げていた。
「功刀さん!」
現れたのは、杖の行方を突き止めて欲しいと事務所にやってきた女性――功刀あゆみだった。
「あっ、島津さんも……ロケを見学に来られたんですか?」
「いや実はこの映画のキャストの中に、杖を盗んだ人がいるらしいって聞いてね……」
「本当ですか?」
「うん。……でもここにはいないみたいだねえ」
「いない……そうですか」
あゆみは立て続けに聞かされた新事実に絶句しつつ、「盗難の話からはちょっと逸れるんですが」と何かを思いついたように口を開いた。
「島津さん。今回私も杖術もどきの立ち回りをするんですが、少し形を見てもらえますか?」
「あたしがかい?見たって、アドバイスできることは何もないと思うよ」
「それでもいいです……あっちの方に私がいつも一人で練習している空地があるので、来ていただけますか?」
私は調査の途中だということを説明しようと、久里子さんが答えあぐねたところを見計らって口を挟んだ。
「実は私達、これから鬼渕杖斎先生のところにうかがうんです」
「そうだったんですか……先生のところにもいずれご挨拶にうかがわなくちゃとは思っているんですが」
「だったらその殺陣というのを見た後で、あたしたちと一緒に行けばいいんじゃないかい? ……どうせ見ると言ったって十分か二十分程度なんだろう?」
「はい……」
久里子が出した案は、確かにあゆみの頼みを聞いても調査に支障をきたさない妙案だった。
「わかったわ。じゃあそうしましょう。ただしみなさん、予定の時刻には道場に着けるよう協力して下さいね」
私たちは駐車場に向けかけた脚をその場で百八十度ターンさせると、あゆみがいつも武術の練習をしているという奥の空地へ向かい始めた。
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