第11話 撮影現場から消えた女優


 私はライル監督やリサという女優さんの熱量に驚くとともに、久里子さんの態度が対照的なまでに冷静なのが気になった。


「ねえ久里子さん、余計なお世話かもしれないけどどうして昔の話を避けるの?」


 私が尋ねると、」久里子さんは「ふう」と息を吐いて大きく頭を振った。


「昔はねえ。色々あったんだよ」


「色々……映画の現場でですか?」


「そう。さっきこの子が言ってた『リミテッド・プリンセス』の撮影中のことさ。あたしはスタントだったんだけど、主演の女優さんの殺陣どうにも決まらなくてね。監督が指導をしていたあたしに「いっそ君が主役をやらないか」と持ちかけてきたのさ。あたしは断ったんだけど、それから何となくチーム全体がぎくしゃくして来てね」


「そんなことがあったんですか……」


 重くなった場の雰囲気に私が戸惑っていると、リサが「母から聞いた話なんですけど」と口を挟んだ。


「主役交代の話が出た直後に、主演女優さんが撮影中の事故で意識不明の重体になったんです。監督はクリコさんを代役に立てようとしてたんですけど、クリコさんは当時後輩のスタントだった母を推薦して消えてしまったんです」


 私ははっとした。そうだ、ナオミ・ランドーと言えば東洋系の個性派女優として知られている人物だ。出演作は少ないが、独自の飾らないキャラクターに私は好感を抱いていた。


「それがあんな大女優さんになるなんてねえ……ナオミはアクションをやりたがってたのにあたしに推薦されたせいで恋愛物なんかもやるようになっちまって……あんたのお母さんには申し訳ないことをしたと思ってるよ」


「そんなことありません。母は最後までクリコさんに感謝していました。本当ならお会いして、直接お礼を言いたかったはずです」


「まあ、どちらにせよ昔の話だよ」


 久里子さんがそう言って昔話に一区切りつけると、今度はライル氏が待ちかねたと言わんばかりに口を開いた。


「クリコ、私は今回、君の殺陣を甦らせようと思ってこの映画を企画した。しかしあの美しい動きがどうしても再現できないのだ」


「無茶を通しちゃいけないよ、クリストファー。再現できない物があっても当然だろう?」


「私が訪ねていった『神獣夢幻杖術』の師範、鬼渕杖斎さんからは『古代神獣の杖』がないと教えられないと言われたんだ。そこで似た流派の『神羅極眩杖術』の動きを学んでもらうことにした。でも、どうしても理想の動きにならなくて……」


 ライル氏は大げさに嘆いてみせた後「でも」と言った。


「クリコがリサに教えてくれれば……いや、クリコ自身が出演を承諾してくれれば問題は一気に解決だ」


「何度も言うけど、そればっかりは遠慮させてもらうよクリストファー。別に完全に再現しなくたって、あんたならきっと素晴らしい映画を作るよ」


 久里子さんは大柄なかつての仲間を母親のようになぐさめると、「さて、映画は映画、調査は調査。杖の行方を探しに行くとしようかね」と言った。


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