第8話 古代種の掟


「あっ、先生……真夕子先生じゃないですか。ここでお買い物されてたんですね」


「ええと、あなたは……」


「一品料理の体験教室に参加させて頂いた、汐田っていいます。先生にお会いできるなんて、今日はラッキーです!」


「ああ、そうだったの。体験してみてどうでした?」


「とってもいい経験になりました。またぜひ参加したいです」


 私が本音と社交辞令を適度に混ぜて答えると、真夕子は満足げに「お待ちしてます」とほほ笑んだ。


「あのう……それでこの前の体験教室でちょっと気になったことがあったんですけど」


「気になったこと?なにかしら」


「先生が教室に持ってきた杖のことがなんだか気になっちゃって……とっても不思議なデザインでしたよね?」


「あ、ああ、あれね……ちょっとグロテスクで場違いだったわね。ごめんなさい」


「いえ、そんなことないです。外国かどこかで買われたんですか?」


「あれはね、私の古いお友達がある方から預かった物なの。ところが預けた方が一向に取りに来ないので、それじゃあ私が動画やSNSで呼びかけてみましょうかって流れになったわけ」


「じゃあご自身で手に入れられたわけじゃあ……」


 私は尋ねると真夕子は「残念ながら違うわ。でも持っているとなんとなく愛着がわいてくるのよね」と言った。


「預けた方はなぜ、取りにいらっしゃらないんでしょう」


「そもそも預けた理由が、杖を持っていると妙なエネルギーを感じて体調が不安定になるっていう理由らしいの。それで動物の超能力なんかを研究している人間に預けたらしいわ」


「動物の超能力……」


「あの杖、握りの所に動物の頭みたいな物がくっついてるでしょ?あれが私たちの知らないエネルギーを出してるんじゃないかって」


「お友達という方は、大学の先生か何かですか?」


 私がさらに問いを重ねると、真夕子は「いいえ、本業は楽器演奏者よ。ただ動物の超能力を研究するサイトを運営してて、そっちの方面じゃかなり有名みたいね」と答えた。


「……面白そうですね。そのサイト、教えて頂けますか?」


 いいわよ、と気さくに応じた真夕子に「ありがとうございます」と礼を述べつつ、私はちょっと予想外の展開になってきたぞと鼓動が早まるのを感じた。



                 ※


「楽器演奏者……あっ、ありましたよボス」


 駅前通りのオープンカフェでタブレットを操作していた古森が、突然指を止めて声を上げた。


「あった?どんな人?」


 私はアイスラテを啜りながら、古森に先をうながした。


 真夕子に杖を預けた人物は瀬奈光晴せなみつはると言って、楽器の腕もさることながらいわゆる「超科学系コラム」の書き手としてもそこそこ知られている人物らしかった。


「ボス、この『シークレットネイチャー』っていうサイトに『古代神獣の杖』に似た生物のイラストが載ってます」


「えっ本当?見せて」


 私はラテを啜るのを中断すると、テーブルに置かれたタブレットの画面を覗きこんだ。、


「本当だ……なになに「こういう生物が本当に存在するのかどうか正直、私にはよくわからない。私が今、追っている『超古代種』の一種なのか、あるいは話題作りのための作り物なのか……」か。この文面を見ると、謎の客から杖を託されたこの人も正体を掴みかねてるって感じね」


「どうします?話を聞きに行ってみます?」


「杖の正体はさておき、預けに来た人の印象を聞くだけでも意味はありそうね。この人の予定か何か、書いてない?」


「ええと……あっ、ちょうど今日、地元バンドのバックでライブハウスに出演するって書いてあります」


「じゃあそこを狙いましょう。押しかけて行って邪険にされても、客の印象を一言聞くくらいなら怒られないでしょ」


「相手が怒るまで聞くっていったら相当なものですよ、ボス」


 調査慣れしていない古森は露骨に尻込みしてみせると、「ここから車で十五分くらいの場所にあるライブハウスらしいです」と言った。


                ※


「探偵社の方? ……それがどうして僕の所に?」


 ライブハウスの控室で、私達にいきなり押しかけられた瀬奈光晴はきょとんとした表情で言った。


「突然すみません。実はですね、あなたのサイトに載っていた「杖」について伺いたいのです」


「杖? ……杖って何でしたっけ?」


「料理ブロガーの雨宮真夕子さんに譲られた杖のことです。握りの部分が生き物の頭みたいになっている……」


「ああ、あれですか。思い出しました。あれがそんなに気になるんですか?探偵さんが追ってるってことは、まさか……」


「はい。実は盗品の疑いがあるんです」


「盗品……」


「ある武術家の所から消えた。価値ある武器と同じものかもしれないんです」


「するとあれは、武器だったってことですか」


「その可能性があるんです。そちらに持ち込んでこられたという人物のことで何か印象に残っていることはありませんか」


「印象ねえ……とにかくやつれきっていて、この杖があると落ち着かない。体調も安定しないとは言っていましたね。名前と連絡先は一応、うかがいましたが本名かどうか……」


「そうですか。もし差し支えなければ教えて頂けませんか」


「いいですよ、どうせ取りに来なかったんだし。そちらの会社のアドレスをお教えいただければメールで送ります」


「ありがとうございます。……ところでサイトに会った『超古代種』ってなんですか?」


 私がずっと気になっていたことを尋ねると、光晴は「ご覧になられたんですね。『超古代種』とは、すでに絶滅したと言われるある生物のことです。身体は大きめの鳥くらいですが、言い伝えによると人間並みの知能を持ち、超能力すら操ったとか……」


「超能力ですって?動物が?」


「だから『超古代種』なのです。なにしろ人類より遥かに古い種族ですからね。動物とはいっても、ひょっとしたら人間より優れているかもしれません」


「超能力を持つ、人間より優れた生き物……」


 私は『古代神獣の杖』についていた動物の頭部を思い返し、あれがそんな神秘的な物だとしたら……たしかに盗むということもあり得るかもしれないと思った。



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