第5話 不思議な物売ります
――駅に行くんじゃないの?
私が飛燕を追って路地に入ってゆくと、さびれた場所にある小さな店に杖をもった背中が吸い込まれてゆくのが見えた。
「……えっ、骨董屋さん?」
慌てて店の手前まで移動した私は。クラシックなガラス戸の向こうに見える壺や仏像にはっとした。
―――まさか、売る気?
飛燕が真夕子に近づいたのはこの杖が目的だったのか?そう思うといやがうえにも鼓動が速まった。ところが十分ほどして再び店外に姿を現した飛燕の手には変わらず杖が携えられていたのだった。
――ど、どういうこと?
駅前通りに戻るなりタクシーを拾った飛燕は、私の動揺を尻目にあっという間にどこかに走り去った。
――まあいいか、今日はここまでね。……でも。
飛燕を追うのを諦めて路地に戻った私は、鼓動を宥めながら思いきって骨董店の入り口を潜った。大神の所に戻る前に、一体どういう目的で飛燕がこの店に来たのかを探りたかったのだ。
店内には黴臭さとも埃臭さともつかない匂いがたちこめ、狭い店内に所狭しと置かれた骨とう品に囲まれた私は入ってしまったことをほんの少しだけ後悔した。
「いらっしゃい」
レジの内側で商品らしき物品を箱に詰めていた年配店主が、私を横目で見ながら言った。
「あ、あのっ、てっきり雑貨屋さんかと思って……失礼しました」
私は言い訳しつつ頭を下げると、身を翻してそそくさと店外に退散した。
――はあーっ、緊張したあ。
呼吸を整えながらちらりとガラス戸の中を見た私は、店主が手にしている物体を見て「嘘でしょ?」と息を呑んだ。店主が手にしていたのは、飛燕が持ちだしたのとそっくりの杖だったのだ。
――そんな……じゃあ私がさっき見た物はなに??
ぐるぐると渦巻くでたらめな思考を宥めた私が辿りついた答えは、「すり替え」だった。
つまり主かどうかはわからないが飛燕が何者かに杖のレプリカ造りを依頼し、「本物」を盗みだしてこの店で注文してあった偽物の「杖」と交換したのに違いない。
――まさか、そんな巧妙な計画だったなんて。
私が呆然としていると携帯が鳴り、大神の声が飛びだした。
「ボス、なんだか変です。浮気相手の男が杖を持って戻ってきました」
やっぱりそうか。私は電話に向かって頷きつつ「すぐ戻るわ。尾行の首尾については戻ったら説明する」と返した。
おそらく飛燕は一定時間、真夕子が部屋を開けることを知っていて「杖」の交換という大胆な行動に踏み切ったのに違いない。
――そんな回りくどいことをしてまで「すり替え」を強行するなんて、いったいあの杖にはどんな価値があるんだろう。
私は複雑になった状況に頭を悩ませつつ、大神の待つバンへと路地を引き返し始めた。
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