第4話 三十分は早すぎる


「……あっ、来たわ。しかも徒歩で堂々と」


 真夕子のマンションにふらりと現れた飛燕を見た私は、バンの車内で思わず声を上げた。


 てっきり車で地下駐車場に入ってゆくものとばかり思っていた私は、学生がぶらりと友達の元にやってきたという雰囲気の飛燕に拍子抜けせざるを得なかった。


「でもロックを解除できるってことは、要するに鍵を共有する仲だってことですよね?」


 今回の調査でコンビを組んでいる大神が運転席でぼそりと漏らした。


「そうね、まさかハウスキーパーをさせているとも思えないし」


「料理教室同様、プライベートでもアシストをする関係だってことですかね」


「やめて、そんな人聞きの悪い言い方。何だか探偵の仕事が汚れちゃう気がするわ」


「えっ、でも俺たちの仕事ってそういう仕事ですよ、ボス」


 そうだった、と私は配達車を装ったバンの中でため息をついた。


 飛燕が真夕子の元に通っているらしいという情報はすでに夫を通じてもたらされており。決定的な場面の写真か動画を入手するというのが私達の目下の仕事だった。


「ここまで来ると確定ね。単純な仕事だったなあ」


「まだわかりませんよ。僕も経験豊富とは言えませんが、色々と調査内容の「裏」に潜んでいたとんでもない事情を見て来ましたからね……」


 私と大神は決定的な場面を捕えられなかった時の対策を話しながら、マンションの出口を見張った。動きがあったのはなんと飛燕が中に入ってからわずか三十分後のことだった。


「……えっ?男が出てきましたよ」


「嘘っ、一人で?」


 飛燕らしき人物が何やら棒のような物を手に出てきたところを捉えた私は、首を傾げた。ケンカ?それとも真夕子が不在だったのだろうか。


 バンの近くを通った飛燕の手元に目をやった私は次の瞬間思わず「あっ」と叫んでいた。


 ――あれは……料理教室で飛燕が真夕子から預かってたやつだ!


 飛燕が携えていた長い物体は上の部分がハンカチで覆われていたが、下の部分の色と模様にはっきりと見覚えがあった。おそらくあの隠されている部分は、気味の悪い生物の頭があるのに違いない。


 飛燕は所用を終えて家に帰る若者、と言う足取りで駅の方に向かっていった。私は突然、説明できない衝動でドアを開けると助手席から身体を出した。


「ウルフ、悪いけどあなたはしばらく雨宮さんが出てこないかここで張っていて。私はちょっと男の方を追いかけてみる」


「ええっ、一人でですか?心配だなあ」


「大丈夫、気になる動きがあったら電話するわ」


 私はバンを降りると、数メートルほどの距離を置いて飛燕の後を尾行け始めた。大神が私のことを心配だと言ったのには訳がある。私は探偵のくせに尾行が異様に下手なのだ。


 ――ただの浮気相手にしては行動が不審すぎるわ。……ひょっとしたらあの杖、雨宮先生の部屋から盗んだんじゃないかしら。


 私は次々と沸き上がる想像を抑えつつ、駅の方に歩いてゆく青年の背中を追った。


 十分ほどへたくそな尾行を続けた私が思わず足を止めたのは、駅が見え始める位置で飛燕が唐突に向きを変えた時だった。

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