第3話 異邦の客人


「ゼツメツタンテイシャというのはここでよろしいのでしょうか?」


「はあ……あ、はい」


 私が頷くと、男性ほっとしたように肩の力を抜いた。


 年こそとっているが、相当な二枚目だ。私はあれこれ想像を巡らせた。


「あの……クリコがここにいると聞いてきたんですが」


「クリコ?……久里子さんのこと?」


 思いがけない言葉に私は思わず目を瞬いた。


 外国人男性はきょろきょろとオフィスの中を見回すと、やがて宝物でも見つけたかのように目を輝かせ「――クリコ!」と叫んだ。


「……なんだい、いきなり用件も言わずに入ってきて。ここは探偵社のオフィスだよ」


「おお、クリコ……随分長い間、探したよ……まさかこんなところにいるなんて」


 私はえへんと咳ばらいをすると、謎の外国人男性に「あの……久里子さんにどういった用事があっていらしたんです?」と尋ねた。


「ああ、すみません。私、クリストファー・ライルと言います。クリコの昔の友人です」


 友人と聞いて私は拍子抜けした。どうやら仕事の依頼ではないようだ。


「なんだか見たことのある顔ではあるけど、あんまり昔の記憶すぎてぴんと来ないね。人違いじゃないのかね?」


「久里子、哀しいことを言わないでくれ。やっと見つけたんだ、もう逃がさないよ」


「あの……ひょっとして久里子さんに会うためにわざわざ日本に?」


「はい。クリコが僕らの前から姿を消してからずっと、みんな連絡を取ろうと彼女のことを探し続けていたのです」


「姿を消す?……あなた方と久里子さんとはどういったご関係だったんです?」


「役者仲間です。クリコが映画の世界から引退して二十年、ようやく居場所をつきとめることができました」


「映画……」


 私ははっとした。そう言えば久里子さんはかつて、アクション女優をしていたのだ。


「私、二十年前まではよくクリコと共演していました」


「ライルさん…俳優さんだったんですね」


「ええ、一作でいいからどうしても彼女にカムバックしてもらいたくて……」


「遠い過去の話さ。今さら映画の世界がどうのこうのなんて、あたしにとっちゃ迷惑な話だよ。とにかく今日のところは帰っとくれ」


 久里子が素っ気なく言うと、ライルは天を仰ぎ大袈裟に嘆いてみせた。


「おお、なんてことだ……クリコ、とにかく僕は君のことを諦めないよ。今度僕が製作する映画に、なんとしても君の出演を実現させてみせる。二十年もこの時を待ったんだからね」


 ライルは強い口調で言うと「良い返事を貰うまで、何度でもうかがいます」と言って扉の向こうに姿を消した。


「……いいんですか、久里子さん。昔のお仲間なんでしょう?」


 私は尋ねると、久里子は「いいんだよ、彼は現役の映画人。あたしは探偵社の雑務係。もう生きてる世界が違うんだよ」と言った。


 久里子は私に笑顔を見せると、「さあ、掃除の続きをやってしまおうかね」と手にしたモップをくるりと回した。


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