第2話 端の変わった杖
「それじゃあ、全員分の煮込みが終わったら会食にしましょう。汐田さんたちも盛り付けが終わったテーブルの方に移動して」
「はい、先生」
私はミートボールのキャベツ添えを皿の端にひっそりと並べると、飛燕に意味ありげな目線を送りながらテーブルの方に去ってゆく「先生」の後ろ姿を見やった。
――あーあ、私も先生くらい上手にできたら、美形男子が向こうから寄ってくるのにな。
だが、ものは考えようだ。こういうアクシデントがあった方が、自然な参加者に見えてターゲットに怪しまれにくい気がする。気がするだけだけど。
「あっ、それは駄目よ」
ふいに声がしたかと思うと、二十代とおぼしき女性受講者が荷物を置いてあるテーブルに駆け寄るのが見えた。よく見ると受講生が連れてきた四歳くらいの女の子が、立てかけてあった杖を手にとって振り回しているのだった。
母親らしき女性は女の子から杖を取り上げると「ごめんなさい」とこちらを向いて頭を下げた。
「……あっちに行ってましょ。触ったら駄目よ」
親子がそそくさとフロアの隅に移動すると、入れ替わりのように顔を強張らせた真夕子がテーブルに近づき杖を手に取った。
――ははあ、あの杖は真夕子先生の物だったのか。
真夕子はなぜかアシスタントの飛燕に近づくと、手にした杖を「これ預かってて」と渡した。
「承知いたしました」
飛燕が私たちの脇を通って別室に向かう直前、私は視界の隅をよぎった杖の一部を見てぎょっとなった。「握り」に当たる部分の形が異様だったからだ。
――なんだあれは。
私が目を留めたのは杖の一番上の部分についている丸っこい物体だった。握り拳大だから作り物だとは思うが、何かの頭――トカゲと鳥の中間のような形で人間に似た目がついている――らしきものが取りつけられていたのだ。
――なんであんなものを教室に?自宅に置いとくならわかるけど。
私は飛燕が杖と共に別室に消えた後も訝しみ続けた。若い女性のファンも多い子の教室に、わざわざイメージダウンになるような物を持ってくるなんて。
大事な物なのかもしれないが、だったらなおのこと子供が気安く触れないような場所に保管すべきなんじゃなかろうか。
私は一品料理の件も浮気調査の件もすっかり忘れ、その後も謎の杖のことを考え続けた。
※
私の名前は汐田絵梨。今年大学を出たばかりの、社会人一年生だ。
叔父が立ち上げた『絶滅探偵社』で、失踪した叔父に代わってなし崩しに二代目所長をつとめている。
探偵社の社員は私も含めて全部で六名。超零細企業だが五名の部下は皆、独自の能力を持つ優秀な調査員だ。
私はこの探偵社に興味本意で飛び込んだその日から、奇怪な事件に巻き込まれとんでもない挫折と冒険を味わうこととなった。
危険を伴う調査に両足を突っ込みながら私が今も無事でいられるのは、我が信頼すべき精鋭たちのお蔭と言ってもいい。
他の探偵社がどんなやり方で調査をしているか、私は知らない。だが、こと奇妙な事件に関して言えば、わが社を上回る調査力を持つ同業者はいないと言いきれる。
――そう、わが社は一般的な能力はともかく、こと特殊な調査能力に関する限り――
――探偵以上、なのだ。
※
「……というわけで調査の成果はそこそこあったけど、別の事で自信をなくしちゃったわ」
「へえ、ボスが料理で失敗ねえ。ちょっと見てみた……いえ、食べてみたかったなあ」
私が披露したロールキャベツの一件に素早く反応したのは、今回の浮気調査を担当しているウルフこと
「お前、また持ち上げて点数を稼ごうってんじゃねえだろうな」
小柄な大神をそう言って牽制したのは巨漢の調査員、コンゴこと
「なんだよ、いいがかりか?弱いくせに喧嘩打ってんじゃねえよ木偶の棒」
「お前こそどさくさに紛れて喧嘩売りやがって」
「ちょっと、いいかげんにして」
いつもの凸凹喧嘩に私が天を仰ぐと「あー、そこに立ってられると仕事がはかどらないよ。開けとくれ」と言う声がして隙間を縫うようにモップの先が現れた。
「
金剛は無駄のない動きですいすいと掃除を進める小柄な女性に、戸惑うように言った。
この久里子さんという女性は、我が探偵事務所で掃除その他の雑務を担っている職員だ。
見た目はどこにでもいる小さなおばさんといった雰囲気だが、若い頃はアクション女優をやっておりその切れのある動きには目を瞠るものがあった。
「いいんだよ、ついでだから。それより喧嘩する余力があったら調査を進めておくれ。その方が早くボスの手料理を食べられるかもしれないよ」
「俺も好きで喧嘩してるわけじゃないですよ。ただこのワン公が……」
金剛が大袈裟な口調で異議を唱えると、「なんだあ?やろうってのかでくの棒」と大神が反応した。
「いつまでもしつこく絡んでんじゃねえよ」
「お前が挑発するからだろ」
「……もう、止めてって言ってるでしょ」
私があきれ果てて注意を促すのを諦めかけた、その時だった。
突然、ドアがノックされ、私は「どうぞ」とトーンを上げた。
「こんに……ちは?」
どこか不自然なイントネーションの挨拶とともに姿を現したのは、百九十センチはありそうな年配の外国人男性だった。
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