第26話


 ばちが当たったの。託宣たくせんかろんじたから。

 私だけ幸せになろうとしたから、神様がお怒りになったの。

 麻美ちゃん。

 私が死んだら、この子をお願い。

 どうか、この子を守って──。



 麻美が雪絵と出合ったのは、大学に入ってすぐの頃だった。北国出身だという雪絵は、透き通るような白い肌をした少女だった。

「巫女になるのが嫌で逃げてきたの」

 雪絵は打ち明けるように、そうささやいた。神様のお嫁さんになったら、好きな人が出来ても結婚できなくなるから、と。神様の妻。そんな冗談を真に受けてしまいそうになるほどの、神秘的ともいえる美しさを彼女は持っていた。完璧な美貌を持ちながら、時折り顔を出すなまりが可愛らしい。そんな雪絵に、麻美はたまらなくかれた。

 美しく可憐な雪絵。素直で生真面目で繊細な、そんな雪絵を麻美は愛した。雪絵もまた、言い寄る男子学生たちには見向きもせず、麻美の側を離れなかった。

 そんな二人の関係に変化があったのは、二回生になってすぐの頃だった。

 ある日、雪絵は麻美に一人の男を紹介した。大学院生の樋口邦彦くにひこという男子学生は、麻美から見ても好ましい青年だった。

「付き合ってくれって言われてるの。どう思う?」

 化粧室で、こっそりそう言われた。尋ねてはいても、雪絵の気持ちはもう決まっているように思えた。あの時の胸の痛みは何だろう。雪絵を取られてしまうような、嫉妬に似た感情が麻美を苛んだ。

 麻美はいつも二人のデートに随伴ずいはんした。雪絵は一緒にいてくれといい、邦彦もそれを拒まなかった。家でその話をすると、母に「お邪魔虫ね」と笑われたが、麻美は三人でいることが嬉しかった。

 次第に邦彦に惹かれていく気持ちを持て余しながらも、麻美は幸せな時間を過ごした。

 邦彦の就職が決まり、雪絵は彼にプロポーズされた。雪絵から報告を受けたのは風の強い日だったような気がする。木の葉を揺らす風音にかき消されそうな声で、雪絵は不安げに麻美に尋ねた。

「私だけ幸せになってもいいのかな」

「当たり前じゃない。雪絵は幸せにならなきゃ」

 一抹の淋しさを隠し、麻美は笑った。雪絵の言葉は自分を気遣ってのものだと思った。それが嬉しくて、少し悲しかった。

 邦彦が卒業してすぐ、雪絵は学生のまま二人は結婚した。白無垢の花嫁衣裳を着た雪絵は絵のように美しかった。そのとき既に雪絵のお腹には小さな命が芽生えていたと知ったのは、だいぶ後のことだ。

 結婚式で、麻美は雪絵とそっくりな美しい女性を見た。場違いに思える巫女装束をまとった彼女は、雪絵の一歳下の従妹なのだという。赤い袴はよく見る朱色のものとは少し違って、鮮血で染め抜いたように見えた。

──華絵はなえちゃん。

 雪絵は彼女の手を取り、涙を零していた。麻美の知らない雪絵を見たような気がした。

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