第25話
真夜中、
──まさき
名を呼ばれたような気がした。
──真咲、ここを開けて
起き上がり布団から出て、真咲は襖の前に立った。手探りで引手に指を掛けた時、祖父の言葉を思い出した。
『この襖を開けちゃなんねえ』
襖の真ん中、
力を入れなくてもそれは簡単に
自然と足が動いた。
細かい格子が並ぶ障子。その向こうに何かの気配があった。開けてはいけない。頭の中で、誰かがそう叫んでいた。それでも手は前に伸びる。足元から震えが這い上がってくるにも関わらず、懐かしく恋しい気持ちが真咲を突き動かした。
──真咲
優しく、悲しげな声。母の──声。
そこにいるの? 障子を開けたら、そこにいるの?
「お母さん……」
障子が開く。風鳴りが一段と強くなる。視界が白く染まり、微かに赤い袴が揺れるのが見えた。
冷たい霧の中に、会いたかった人がいた。長い黒髪の美しい人。悲し気な微笑。幾度も夢に見た母の姿。
──おいで
愛おし気に差し伸べられる手を、拒否出来よう筈などなかった。
冷たい手を取り、縁側へと踏み出す。
迎えに来てくれた。どこへ行くの? 一緒に行くよ。お母さんと一緒に……。
ふと吹き付けた風が母の長い髪を乱した。小さな赤い唇が笑みの形をつくる。いったん閉じられた瞼が再びゆっくり開くのを見たとき、真咲の喉は声にならない絶叫を吐き出していた。
瞳の中は空洞だった。何もない。何も映さない。真っ暗な闇。
悲鳴を上げたつもりが、その声は聞こえなかった。恐怖に
──
握った手は氷のように冷たかった。ゆるやかに体温が奪われていき、急激な眠気に思考がぼやけていく。
恐怖の向こうに
白く霞んだ視界は次第に明るさをも失っていった。眠りに落ちるように恍惚とした感覚に包まれ、意識はゆっくり暗闇に溶けて行く。
──さあ、おいで。ゆきちゃんが、待ってるから
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