第17話

「呼ばれるんだ」

 保健室に運ばれる度に質問攻めにされ、真咲はとうとう、二人に正直に話すことにした。水槽では小さなフグが呑気に泳いでいる。

 フグには毒がある。わずか一ミリグラムで人を殺す猛毒を体内に持ちながら、なぜ生きていられるのだろう。もしかして、身体の中に毒があることを知らないから平気なのだろうか。

「呼ばれるって、誰に?」

 丞玖に尋ねられ、真咲は水槽から友人の顔に視線を移した。その後、何となく目を伏せる。

「……お母さん」

 その単語を発声するのは、少し気恥きはずかしかった。

「お母さんって、麻美さん?」

 真咲は首を振った。

「そうか」

 丞玖はそれだけ言うと、所在なげに窓の外を見やる。

「実のお母様、小さい時に亡くなったんだっけ」

 気の毒そうに、未優が言った。

「僕が赤ん坊の時だって聞いてます」

 鏡の中の自分に、ふと母親の面影おもかげを見ることがある。数年前から出張が増えた父は、そんな真咲を見るのが嫌で関わりをけているのかも知れない。

「及川くん、授業に戻らなくていいの?」

 ハッと気が付いたように、未優が声を掛けた。

「構わないって。どうせ脱線だっせんしてるから」

 丞玖が言う。今日、真咲は現代国語の授業中に意識を失った。例によって本題かられた無駄話の途中である。異類婚姻譚いるいこんいんたんについての話だった。神への供物としての嫁入り。丞玖の田舎の祭りのようなものだ。相手は龍であったり大蛇であったり。逆もある。人ではないものが人間の嫁になる。こちらの方は御伽噺おとぎばなしになっているものも多い。鶴女房、くずの葉、雪女……。

 そうだ。あの時、急に吹雪の音が聞こえた気がして、目の前が真っ白にかすんだ。そして、誰かに名を呼ばれたのだ。消えそうに細い、透き通った声で。

「言わなかったけど、婆ちゃんが気にしてた。あの時、何かにかれたんじゃないかって。いや、その……ごめん」

 余計なことを言ったと思ったのか、丞玖がまた目を逸らして謝った。

「お母さんのこと、憶えてるの?」

 未優に聞かれ、真咲はまた首を振った。

「憶えてないんです。憶えてない……筈なんだけど」

 何故こんなにも想いがつのるのだろう。会ったこともないのに。

 会ったこともない? 本当に会ったことがないのだろうか。では、祭りの夜に見たものは何だろう。白い着物と赤い袴。長い黒髪の美しい人。

 そして、吹雪の音を聞きながら抱きしめられた記憶。あれは、いったい……。

「検証してみましょう」

 いきなり言われて、真咲は訳が分からず瞬きを繰り返した。

「ウミガメのスープよ」

 そう言って未優が笑う。

「一つ一つ疑問をつぶしていくの。一見不可解に見えることでも必ず答えはある。問いを重ねて確認していけば、きっと謎は解けるはず」

 隣で丞玖が頷くのが見えた。

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