第11話

肝試きもだめしの前の怪談みたいなもんだから、気にするなよな」

 隣の布団から声がする。未優と別れがたくてロビーで夜更かしをしてしまったため、時刻は十二時を過ぎている。

「及川はなんで立候補しなかったんだ?」

 真咲が素朴な疑問を口にすると、丞玖は「いや、俺はまだ十四歳だし」と歯切れ悪く答えた。確かに真咲は春生まれの為、一足先に誕生日を迎えた。けれど数え年の勘定かんじょうの仕方はそれで良かったのだろうか。何となく違和感を覚えながらも睡魔に負け、意識はとろとろと溶けてしまった。



 夜更かししたせいで、翌朝は少々寝坊した。時計を見ると九時を回っている。大きく伸びをした後、真咲は布団を畳み、洗面所へと向かった。

 戻ってみると丞玖はまだ大の字で寝ている。掛布団が申し訳程度に腹に掛かっていた。

 冷静に考えてみると、数え年なら丞玖と真咲は同じ十六歳になる。自分が出ればいいものを、何故わざわざ親戚でもない真咲を立候補させたのだろうか。

 もしかしたら、こいつは自分を身代わりにしたのではないだろうか。

 真咲は口を開けて寝ている丞玖の顔を眺めた。そう考えるとつじつまが合う。丞玖は大きな成りをして怖がりだ。林間学校の時の肝試しで、ペアになった真咲の手を握って離さなかったのを憶えている。

「何だ、そういう事かよ」

 ひとりごちて、小さく笑う。未優の前で恥をかきたくなかったのか。それとも、こちらがメインで未優の方が真咲を納得させる理由付けだったのだろうか。大きな足の裏を何となく蹴ってみると、丞玖が「ああ?」と妙な声を出して寝返りを打った。



 祭りは正午からなので、午前中は大人たちが準備に追われていた。玄関にはトラックが停まり、様々な大きさの荷物を運びこんでいる。邪魔をしないようにロビーの端で大人しくジュースを飲みながら、真咲たち三人は時折り聞こえてくる祭囃子まつりばやしに胸をおどらせていた。

浴衣ゆかたも持ってきたのよ。もう少ししたら着替えて出掛けよう。さっき偵察に行ったら縁日も結構出てたわよ」

 ジャージ姿の未優が、本当に嬉しそうにそう言った。

「りんごあめ、買ってあげるね」

「やったー。でも俺、タコ焼きの方がいい」

 ちゃっかりリクエストする丞玖にハイハイと頷きながら、未優は少し心配げに真咲の顔を覗き込んだ。

「樋口くん、緊張してる?」

「まさか」

 そう答えたものの、確かに少し不安ではある。

「心配するなって。何も起きねえよ」

 ガハハという調子で笑う丞玖を横目で見て、真咲はちょっとだけ真相をばらしてやりたくなった。

「そろそろ着替えて来るね。お昼は屋台で買って食べよう」

 部屋に戻る未優を見送って、真咲と丞玖は二人掛けのソファに並んだまま、何となく顔を見合わせた。

 Tシャツに短パンという同じような格好でも、丞玖と真咲ではずいぶん体格が違う。丞玖は上背うわぜいもあるし、柔道できたえた厚い胸板むないたが立派だ。未優と並んでも様になるなと思い、真咲は丞玖の片思いを後押ししたい気持ちになった。前途多難ではあるだろうけれど。

「なるほど。確かになあ」

「え?」

 一瞬何を言われたのか分からずに聞き返すと、丞玖は口元をゆがめて意味ありげに笑った。

ばあちゃんにめられたんだ。いい子を連れてきたね。今年は豊作だよ。って」

 贄の儀式の事のようだ。美女を供えると豊作という部分は、まだ残っているのかもしれない。どこか釈然しゃくぜんとしないものがあるが、つまりはそういう事なのだろう。

「酒飲んで、朝までぐっすり寝てたらいいからな。急に体調悪くなったりSOSの時に押すボタンもちゃんとあるから、心配しなくていい」

 四年前の事があってから改善されたのだろう。心配顔の丞玖に向かって、真咲は頷いた。

「大丈夫だよ。肝試しは大好きだ」

 お前と違って。という言葉は呑み込んだ。頑張って豊作を呼び込んでやるよ。

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