第10話

 最寄り駅に着いたのは、夕方近くになってからだった。駅舎えきしゃを出て見えるのは、街灯が少ない道に点々と連なる古い町並み。ザ・田舎、という感じだ。

雰囲気ふんいきあるね」

 未優がそう言って笑った。

「いらっしゃい。丞玖ちゃん、よう来たね」

 丞玖の祖母だろう。優し気な雰囲気の年配の女性が迎えてくれた。

「えらい別嬪べっぴんさんつれてきたんやね」

 未優を見て笑う。

「池田です。及川くんの学校で養護教員をしています」

 未優が丁寧に頭を下げる。

「こいつは同級生の樋口」

 丞玖に紹介され、真咲も急いで頭を下げた。

「あの、これ、母からです」

 麻美から渡された紙袋を差し出すと、丞玖の祖母は「まあまあご丁寧に」と言いながら受け取り、真咲の顔をまじまじと見てから丞玖に顔を向けた。

にえになる子?」

 丞玖がうなずいたのだろう。彼女の目が細められた。

「これはこれは。さぞかし山の神さんも喜びはるやろうなあ」


 丞玖の祖父母の家は小さな旅館だったが、昔ながらの古風な造りだった。奥に見える竹藪たけやぶの前には古い灯篭とうろうがあり、その横に鯉が住む池がある。どこかから鹿威ししおどしの音が響いて来た。模様入りの硝子がらす戸がある広い玄関を入ると、民芸品と思われる木彫りの動物が迎えてくれた。

 祭りがあるのは明日と明後日。メインは明日の夜とのことだ。真咲たちは温泉に入り豪華な夕食を堪能した後、ロビーでくつろぐことにした。

「丞玖」

 太い声がして振り向くと、頭髪に白髪が混じった大柄な男性が歩いて来るのが見えた。

「爺ちゃん」

 丞玖が嬉しそうに呼びかける。丞玖の祖父は側にいた未優に挨拶した後、真咲に笑いかけた。

「孫が無理言うたんやろ。すまんね」

 笑った顔が丞玖によく似ている。

「祭りの説明をせんといかんな。ほんま、よう来てくれた」

 丞玖の祖父は真咲の向かいのソファに腰かけ、村祭りについて話してくれた。

「大昔にな、長いこと日照りが続いたせいで飢饉ききんになって、人がようけ死んだんや。何とかせんといかんと村人は集まって知恵を絞ってな、山の神さんに生贄いけにえを捧げることにした。人身御供ひとみごくうっちゅう奴や」

 よくある昔話だ。神にささげものをすることで雨や豊作を願う。どこにでもあった風習。

「村一番の別嬪べっぴんやった生娘きむすめを捧げたことで山の神さんが喜びはって、恵みの雨が降った。その年は、まれに見る豊作やった」

 生娘という言葉に、中学生二人が反応する。まだ少し刺激が強かった。

「それから毎年、生贄は捧げられた。丘の上の社に娘を一晩寝かせて、神さんの嫁にしたわけや。あ、キリンレモン持って来てんか」

 未優が少々困った顔をしているのを見てか、丞玖の祖父は側を通りかかった仲居なかいさんに声を掛けた。昔話や祭りには時々性的な匂いのするものがある。巧妙に隠されてはいるけれど。

「贄といっても死ぬわけやない。朝になったら、ちゃんと戻って来る。けど何年かに一回、朝に社の扉を開けても誰もらん時があった。いずれも小町こまちいうくらい綺麗な娘を贄にしたときやった。贄が消えた年は豊作で、消えへんときは、作物が育つ程度にちょろっと雨が降る。神さんが別嬪さんを気に入って連れて帰ったんやなと、村人は思うたそうや」

 あけすけな神様だ。現代なら問題になりそうだが、神様だから仕方ないのか。そう思いながら、真咲は仲居さんが持ってきてくれたサイダーを受け取った。泡が弾ける音が心地いい。

「祭りは現代までずっと続いとったんやけど、昨今は物騒になってな。若い娘が一人やと思うてか、良からん事を考える奴が出てきて、娘を贄にすることは止めになった。その代わり、数え歳十六歳になった男が贄になる事になった。十六歳言うたら元服げんぷくの歳や。成人の儀式みたいなもんやな。主旨が変わってしもうたけど、因循姑息いんじゅんこそくに受け継がれてきた後ろ暗い儀式が現代的なもんに変わったのは良えことかもしれんな」

 大勢の幸せのために一人を犠牲にする。そうしなけれはいけなかった時代の名残。人権を無視したようなしきたりが、娯楽として生まれ変わったという事なのだろう。

「贄は毎年立候補によって選ばれるんやが、少子化で子供が少のうなってな。四年前は一人しか居らなんだから、半ば無理やり決まってしもた。そしたら、えらいことになって」

 何があったんですか。と未優が尋ねる。丞玖の祖父はサイダーのグラスを盆に置いて、大きく息を吐いた。

「朝になって社を開けてみたら、その子は半狂乱で泣きじゃくっとった。物凄く怖いものを見たとかで」

 目を開けたら、この世で一番恐ろしいものを見る。丞玖の言葉が耳によみがえった。

「贄が社に入る前は御神酒おみきをいただくから、大概たいがいは朝まで寝て過ごすんやが、たまたまその子はアルコールがあかん体質で、社に入っても眠れんかったんやな。何か怖いものを見たらしい。それから三年間、祭りは無しになった」

 何となく、その場が静かになった気がする。丞玖の祖父は真咲に向かい、「酒は飲めるか?」と聞いた。お屠蘇とそぐらいは平気ですと答えた真咲に安心したように、丞玖の祖父は目を細めて笑った。

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