11話 死人、まだ
ですが、ここでおねんねしてしまえば、いわゆる怖くて疲れ切った女の子のようになってしまうので、まぶたを閉じて横になることは絶対にできません。
恐怖し、涙し、おねんねす。
可愛らしく見られるくらいなら、サルに糞を投げつけられる方が全くもってマシだという他ありませんし……それにまだ、夜ではありませんですから。
あと私は知っているのです。
夜と朝が逆転した可哀想な顔を。
ですので、ここで頭を下に向けるのは絶対にあってはいけないものなのです。
「かたん」とゴミを床に捨てる音だけが響いていました。
しばらくあたまを「こくこく」していると、自然に「クスクス」笑いが込み上げてきました。
なんだか全てが馬鹿らしくて、今更どうして体裁を気にしているのか不思議でたまらなくなってきます。
だってさっきあんな醜態を晒したのに、眠ること一つに羞恥心を抱くなんて。
それでも、どうしても寝たくなかったので「そういえば」とカバンの中からコーヒーの豆を取り出します。
ファスナーにべちりとペンキが塗りたくってありました。
平凡な魔法の豆を掲げます。
「ぎりり」と階段の方からきしみが聞こえてきました。
「どうしたんだ、隠すようにお尻へ」
言い訳と乾いた笑いが勝手にでてきました。
「そんなことはおいておいてなのですが、なにか見つけましたですか?」
手に持っていた、こじゃれていかにもなお盆を「かたん」と置きながら「コーヒー粉程度にそんなおおげさな。そうだな……医薬品と紅茶を見つけたのだが、休憩のためお茶でもしないか?」と言ってきました。
「もちろんです。お湯の方は、持ってるそれで」
「あぁ、もちろんだとも」
私は待ちました。
虫が湧いているキッチンの方から「ごぽごぽ」とお湯が湧きました。
そこらへんに落ちてそうな葉っぱの甘い匂いを感じながら、手の甲をつねって眠気と戦っていました。
眠気と戦うだなんて、性欲と戦うだなんて、食欲と戦うだなんて、とても馬鹿げています。
「ことん」とカップが置かれたのに気づいて、ぼやけた目をしっかりとしたものにしました。
「あぁ、すみません、大丈夫です。少し眠かっただけですから、別にそういうわけではないんですけど、あぁ、いえ、はい」
ソファに腰をおろしながら「どうしたんだ?」と首を傾げていました。
「とにかく、さっきは、ごめんなさい。少し変なものを見て取り乱していました。もう大丈夫ですので」
ティーカップを口に持っていきました。
「これからなにかやるべきことがあるのですか? 休憩と言っていましたし」
「そうだな、特にやることはない、だがあんなものと追いかけっこしたんだ。精神衛生上息、抜きの一つくらいしなければ、それこそ仲間入りってわけだからな。紅茶を飲めば心が安らぐ、というわけだが」
眠そうな顔をじっくりと眺められています。
「その、少し雑談でもどうだろうか。嫌ならいいのだが」
「はい、お願いします。それで雑談ってどんな話するんですか」
カタンという音だけが響いていました。
「そうだな、学校とかは行っているのか?」
「年齢的にアレですし、学校は行っていました、大学の方はもう卒業しましたが。そうです、いまは『さっきのアレ』夢じゃないかなって」
「同じくだ。去年くらいだろうか、君と同じくらいの友人をもっていたことがあってな、アイツとの思い出を振り返るたび『夢だといいな』なんて思ってしまう」
「はい」
「だから助けた。ではないぞ?」
「助けられた身としてですが、気遣いされるとなんだかむず痒い感じです」
「はは、そうだな! だが本当のことだ! 私はよく優しすぎると言われるからな」
隊長さんは自嘲するかのように「私の母もそうだった、優しすぎるあまりな」と苦笑いしました。
私の反応を伺うように、また覗き込んできました。
「私の母はあんな化け物にはならずに、病気です。たぶんみんな羨ましいとねたんでいるはずです」
「ふふっ、そうだな、見送ってもらえるのは幸運なことだ」
そのまま他愛もない会話を続けます。
それはお布団がふかふかでしたり、ジュースの好みでしたり、隊長さんにはオタク趣味があるみたいな、そういうものでした。
はなすことがなくなり、すこしのちんもくがおとづれます。
視界の端にカロリーメイトの袋があったので、手の甲でソファから叩き落しました。
私は「ぼー」っと頭に思い浮かんだ言葉を吐き出しました。
「どうして、あんな死体が動いているんです? 普通は動かないと思うのですが、もちろん、全くの心当たりがないから聞いています」
「どうしてか……」
隊長さんは私の足をちらりと見て、おでこにシワを作ります。ほんの少しです。
「知らない、少ししか知らない。そもそも我々はそれらを調べるという名目で来ているのだから……そうだな、仮にだ、仮に、今から話すのは本当に仮にという話だが……事の発端は日本の東京からだ。原因は何だかわからないが、東京の交差点が始まりだと知っている。もちろん警官なんてみんな殉職だ。それからは空路や海路を通じて、お察しの通りだ」
「日本全部、ぐちゃぐちゃですか?」
「それ以外もだっていったら信じるか?」
「はいです」
「すまないな、やはり詳しいことは話したくない、もっと別の話をしよう」
「はい」
「さっきから眠そうにしているが、大丈夫か?」
「いや、別に眠いというわけではないです」
「そうか? だいぶウトウト辛そうだが」
「さっきのコーヒーだって。上の方にベットがあるぞ」
「いや、いいです」
「寝てる間、見張ろうか」
「大丈夫ですので、大丈夫です」
しばらく、うんうんと問答が続きましたが、私は勝ちました。
何事も貫き通せば、勝てます。
そのあともまたまたお話を続けます。隊長さんの腕時計に映る私のお目が、閉じているのか閉じていないのかわからなくなった頃でした。先程から感じていた喉のかゆみが、ちょっとづつ強くなってきています。
それに鼻水もたくさんで、咳も出てきます。
息もしづらくなってきました。
裸のときみたいな、寒気もしてきます。
「大丈夫か?」
「いや、まったくです」
「見せてみろ」
隊長さんはひざまずいて、私を見上げます。
ぼんやりとした顔の輪郭に、汗が止まりません。
指二本でまぶたを開けると、何十秒か覗き込んできます。
「泣かないでくれ、心配することはない、ゆっくり息を」
背中「こすこす」されて、甘い匂いを「くんくん」嗅いでいました。
ですが、吐きそうなほどお腹と頭が痛いです。
今できることを考えるのでしたら、それこそ我慢するくらいのものでして、心配するなと言われましても、それこそ金切り声をわんわん上げたいくらいでして、無理なものです。
体全部が痙攣し始めました。舌を噛んでしまいました。
血の味がとても美味しいです。
「隊長さん、名前を教えてもらえませんか」
「アイラだ」
耳元に口を近づけました。
「はい、アイラさん……噛んでもいいですか?」
そう言葉を発した次の瞬間、突き飛ばされていました。
頭を強く打ちました。
「アイラさん、冗談です、それにこの通り、私はもうダメそうです。最後にアイラさんみたいな人と話せてうれしかったです」
「すまない」
泣かないように我慢しながら「私のことは忘れてください」と言いました。
「別れとは必然なですから、いちいち泣いてたりしたらたまったものではありません、ですのでさっさとどっかに行ってください」
アイラさんは眉間にしわを寄せながら「わかった」と呟きました。
「もう眠いです」
「最後に名前を聞いてもいいか?」
「私の名前は……だめです、眠いです」
私はソファで横になり目を閉じました。
もしかしたら鉄砲を向けられてるかもなと、思いながら。
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