10話 死人、いない

 首を30度ほど左に曲げて、窓の外をぼんやり眺めている女。

 歯の隙間から見えるやけに赤色な口内に違和感を覚えた。


 彼女は洋服を脱脂綿のようにして、口をを拭っている。


 唇か頬か、それとも舌を噛んだのか、それがどうなのかわからないが、そもそもそんな事はどうでもいいが、違和感を覚えた。


 なんだろう。


 違和感の正体に気づいた。


 痛がっていない。


 むしろ軽く笑すら浮かべている様子だ。


 ―――――――――――――


 大きな音と大きな声を出したときにほっぺたを「がぶり」と噛んでしまったので、残念なことに、いや、この場合は嬉しいといった方が良いのでしょうか、兎に角、噛んでしまい、口を拭き拭きするため、一時的な休憩時間をいただきました。


 別に許可を取ったと言うわけではないのですが、それでも暗黙の了解的なアレで、きっとそうなのです。


 ゾンビだらけの外を見ながら「そうしゃるネットワークサービスのようにスタンプ、ボタンひとつで、感情を外に出せれば良いのですが、「スイスイ」とことが進むのは稀なのです」とぼんやり思っていました。


「お前は気楽で良いな、形を保つだけでなのですから」と嫉妬したのか、目の前にある銀色に輝いている窓の縁を「こんこん」と叩きました。


 何匹かこちらに振り向いて首を「くるくる」と傾けたりしています。

「どうしよう」と内心焦りましたが、カーテンがあるおかげで特に何事もありませんでした。


 軽率な行動は慎むべきだと学びました。


 明度の低い赤のジャージを少しだけ色鮮やかにしていると、痛いくらいの視線が注がれていることに不快感を感じました。


 そんなに不思議なのでしょうか。

 口元を拭って、痛みから快感を感じることが。


 いや、何を言っているのでしょう、不思議すぎます。


「……気になりますか?」


「聞いてもいいか?」


「はい、時に質問なのですが、太鼓を朝の7時くらいに叩くのはどう思いますか?」


「???」


「あ、いえ、なんでもないです、それで、私が怪我をしたら笑みを浮かべているのは、私の特殊能力のせいなんです。痛みが快感に変わると言うものです。他にも未来を見れたりできます」


「そ、そうか」


「そうです」


 まともに言っても信じてもらえないと冗談めかして言ったつもりなのですが、失敗です。

 漫画の中では初めに「あたおか」なことを言ってそのあとに「真面目」なことを言えば信じてもらいやすいと……全て冗談にしか聞こえませんね。


 私はその場でうつむきました。


「あー、その、なんだ、私は安全を確保するために二階の方を見てくる、しばらくひとりにさせるが心配するな」


「はい」


 そんなに気まずかったのでしょうか。

「ぎいぎい」階段を上っていく音が聞こえてきます。

 ひとりになりました。


「こんなことなら、こんなところに来るべきではありませんでした。神社の掃除をサボったが故に妙な人に追い回されたりして、全く持って、遺憾です」


「魔法使いさんが出てきて『私は魔法使いよ! 全て私が見せた夢なのよ!! 辛い一日を乗り越えた、堕落を乗り越えた君は素晴らしい人間よ! さあ! めざめなさい!!』なんて言ってこないでしょうか。都合のいい展開で惚れ惚れします」


「かなり嫌な一日でしたが、明日は良い一日になるでしょうか」


 自嘲気味に呟きました。


 近くに置いてある鞄の中からブロック栄養食を取り出して「ぱくぱく」します。

 12個ほど食べたあたりで、空腹は鎮まり、同時に耐えがたい眠気が襲ってきました。

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