7話 死人、歩く

 簡単な話です。

 死ぬ前くらいは、日頃から思っていることを「ぶちまけた」方が、心にとって「ぽかぽか」だと思ったからです。


 ですが、きっと、彼女は頭の中に「はてなマーク」を浮かべているはずです。


 タイ料理が嫌いなのに、タイ料理を熱弁し、タイ料理に手を付けない。

 荒唐無稽とも言っていい、それこそ、雨に濡れたくないから川の中に飛び込むようなものだったからです。

 もし私が聞いたら「気違いです」となるのは鯉が餌を求めて「パクパク」する。本当に狂っているでしょう。


 ですが彼女はその線を否定しているらしく、疑問を浮かべている様子です。

 腹のうちは分かりませんが。


 考えてわからないのもは聞けば良い。

 とても簡単な言葉です。

 ですが行動に移すのは難しい。

 目の前であたふたしている彼女を見れば一目瞭然でした。


 ここはひとつ時間を持て余すのはもったいないので、真実に気づく前にいろいろといじってみましょう。

 少しだけ申し訳ありませんが、失礼な物言いには失礼な態度で、そんな格言があるほどですから、仕方がありません。


「すみません、少し混乱させてしまったみたいです。ですが、周りを見てみてください」


 砂利を踏む音が妙に「じゃりじゃり」しています。


「あぁ、見てみた」


 路上と歩道に放置されたワゴン車、トラック。

 オレンジ色、車、ボンネット、黒っぽい傷。


 視界の端に移っている男の人たちは赤色で汚れていたりと、酷い有様です。

 小さい子でしたら、泣いてしまうでしょう。


「どのように映りましたか?」


「汚れているな」


「そうでしょうね」


 さあ、よくわかりませんが、勝手に勘違いして解釈してください。


 頭のいい人は勝手に想像するんですから。

「私を怒らせた罰です」腹のうちで高笑いしてみたりしました。


「つまり、世界がこんなにも狂っているのだから、そんなもの誤差だ。ってことか?」


 予想通り、一人で納得している様子です。

 私がタイ料理を好んでいると思っている様子です。


「いえ、ただ、話してみたかったんです」


「というと?」


 かなり無駄話に付き合ってくれています。

 優しいですね。

 もしかすると私が先ほどから話したがっているのを気づいているのでしょうか。

 そうでしたら、泣いてしまうより恥ずかしいものです。


 ところで恥ずかしいのは苦痛に含まれるのでしょうか。

 そうだったら嬉しいです。


「その、カッコいいお姉さんと話してみたいなって」


 やはり私の冗談はとても面白いです。

 その証拠として、笑ってくれています。


 お姉さんが笑っている間「私が優しいだけですよ」と呟いたりしてみましたが、どうも、聞こえてはいない様子です。

「日本人は何故」の疑問に、やっとのことで本音を答えたのですが、無視されては仕方がありません。

 このまま勝手に誤解をもっていてください。

 そのほうが恥ずかしくなくて、嬉しいですからね。


 ここまでの全てが多分冗談なので、やはり私は面白い人です。


「ふふ、そうだな、たしかに、私はカッコいいかもしれないな」


 なんだか、この反応も少し恥ずかしいですね。

 都合良く、ゾンビが一体くらい出てきてほしいです。


「それで、君は何をしに来たんだ? 危険を冒してまで何故ここに?」


 お腹を「サスサス」します。

 次に脚を指さしました。


「そうか、だったら、カッコいい我々はお姫様を守るくらいはできる。どうだ?」


 ニュアンスとしては十分に伝わるのですがなんだか、すこしバカっぽいです。

 断る理由は一切ありませんでしたので「テンキュー」と言いました。


 私も人のこと言えませんね。


 ―――――――――――――


「テクテク」と寸分たがわない歩幅で歩いていきます。

 私の脚がによって負傷したものだと伝えられたため、少しゆっくりです。

 少し複雑な気分です。


 私を中心に円を描くような陣形をとっているのですから。

 右を見ても強そうな兵隊さん。

 左も同じく。

 黒光りにするライフルマン、もといウーマンに囲まれて安心は安心なのですが、少々むずがゆいです。


 それはともあれ、私を守ってくれる彼ら彼女らは凄く頼もしく感じました。

 

 結果だけ言えばこの陣形を取る必要はありませんでしたが、感謝の言葉を伝えた時「お嬢さん」と言われたときは少しだけイラっと来るものでした。

 子供扱いはごめんです。


 あらかた目的のものを回収したあたりで、肩を「とんとん」されました。


「そんなもので良いのか?」


 振り返ります。


「鞄の中に詰めるだけ詰めましたけど」


「違う違う、ほら」と言いながら袋を渡してきます。

 大きめのビニール袋ではなく、布製のエコバックみたいなものです。


「いいんですか?」


「いいもなにも、受け取るんだ」


「ありがとうございます」の言葉に続けて、ちいさく「大変です」と呟きました。


 私を取り囲んでいた人たちはからっているリュックを「ぱんぱん」にさせていました。

 それは隊長格みたいな「お嬢さん」呼びしてきた人も例外ではありません。

 要するにこの場にいる人は皆、鞄を膨らませているということです。


 ふと顔を上げると置く方に何か動くものがあります。

「なにでしょうか」という声をあげるとともに「あぁまたゾンビですか」と思いました。


「contact(接触する)」


 それぞれがナイフを構えて近づいていきます。

 私はそれを追うようについていきました。


 それは全く持って見当違いです。


 生きている人です。

 語弊があるかもしれません。

 ゾンビではない死体です。

 あれは、心が死んでいます。


 右手にナタを持っています。

 ズボンをはいています。

 左手には花火を持っていました。

 顔を血で赤く塗りたくった、男を半円を作る形で取り囲んでいます。


 明らかに正気ではないそれに、銃を構えていました。


「来ます」思わず目を瞑りました。


 ですが、いつまでたっても銃声はなりませんでした。


 男は私を見ています。

 私がそう錯覚しているだけでしょうか。

 男は血まみれの歯茎を見せつけるように、ニヤリと笑いました。


 私はとっさに「撃って」と叫びました。

 ですが、それは遅かったのでした。


 男が持っていたそれは、爆竹の類です。

 大きな音がドラッグストアの中で広がり、外へ出ていきます。

「バチバチ」と言う音がずっと鳴り続けています。


 それと同時に「ピシッ」という大きな音が1回なりました。

 耳がキーンとなって少し痛いです。


 男は地面に倒れました。

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