5話 死人、行軍、と出会い

 新しい服と、新しい靴を履いて玄関から出ました。

 周囲に立ち込める匂いは、あまり良いものではありません。

 しかし気晴らしに香水を体に振りまいた私は、きっと良い匂いがしているでしょう。

 ねじ曲がった鼻の奥で、そう感じました。


 ―――――――――――――


「思い立ったら吉日」という言葉があります。


 それははっきりって愚行と言わざるを得ないのですが、それでも結果が良いほうに転ぶか、悪いほうに転ぶか、誰にもわかりません。

 多少の未来を予想できる私ですら、何が何なのかよくわからないのですから。


 例えば私が勝手に未来を予知したと……私はなぜ現実逃避をしているのでしょうか。


 とりあえず考えなしに、武器をぶら下げてドラッグストアのほうに向かいました。

 何度か接敵しそうになりましたが、隠れてやり過ごしました。

 神社によく来て話しかけてくる変な人から隠れる技術が、とてもよく働いています。


 「話の長いおじさんは嫌い」何度そう言おうと思ったのか、数えるまでもありません。


 多すぎます。


 鼻息荒く過ぎ去っていったそれらには、過去の記憶から考えてみるに、一種の変態じみた何かがあったのだと思います。


 「私の冗談は面白い!」これはきっと世界共通の認識になることでしょう。

 その場で肩を一度「ピクッ」とさせて「クスッ」っと笑いました。


 窓ガラスが一切破れていないドラッグストアの扉の前に、10体ほどの群があります。

 透明で綺麗なガラスにそれらの姿が反射して、倍近くいるような錯覚があります。

 それらは何をするでもなく、ただ「ぼー」っと虚空を眺めているだけでした。



 もちろん石などを投げてそれらを誘導しようと試みましたが、そのようなものは全て失敗し、右も左も何もかもがわりません。


 まさしく「どうしたらいいの?」と純粋な疑問が出るほどでした。


 はてさて、私は家に帰っておねんねでもすれば良いのでしょうか。

 そんなはずありません。


 であるならば、隠れてこそこそと端を通ればいいじゃないか! そう! そうだとも!

 私はそんなにバカではありません。


 いちどは考えてもみましたが、怖くて出来ませんでした。


 小石でできた砂利を憎らしいげに踏みしめて、黒色でできた木のフェンスに体重を預けます。

 文明の匂いがこんなにあるくせして、人っ子1人いません。


 そうですね、これは暗闇に乗じて中に入れるしか、方法はなさそうですね。

「暗闇の中で何をどう見ろ」という純粋な問題は捨て置きますが。


 こんな時、私の先生がいれば全てを片付けてくれる。そんな気がします。

 なぜ私の母は今ここにいないのでしょうか。


 片足を汚している状態であの数はさすがに厳しいです。


 周囲を観察しているとあることに気が付きました。


 死んでいない人がいます。

 それも、複数人です。


 1、2、3…… 9名です。

 皆それぞれがヘルメットをかぶったり、ヘッドホンを付けていたり、身に付けているものが黒色で統一されていたり、ごちゃごちゃとしています。


 リュックを逆向きにして正面の方で固定するような、見たことない形のものがあります。


 いや、思い出しました。


 猟師の鈴木さんがオレンジ色の、アレに良く似たベストをつけていた記憶があります。

 他にもツールベルト、そのようなものを工事の人がつけていたり。


 わかりました。


 小説の中で描写されていたことがあります。


 あれは軍人です。

 となるとあの黒いのもライフルでしょうか。

 鈴木さんが持っていたハーフライフルとは形が全く違います。


 そんな事はどうでもいいのですが。


 彼らはその10匹ぐらいの集団に足を向けてゆっくりと近づいていきます。

 2列を維持したまま。

 集団との距離が大体10メートル位になったところで、6列に変わりました。


「コツコツ」と格好良く歩く様は、見ていてどこか美しいものでした。

 彼らは皆、刃渡りが少し長いナイフを構えています。

 そんなリーチで、何をするつもりなのだろうと内心馬鹿にしていました。

 武器の利点はリーチと、その破壊力にあるのですから。


 ですが考えてもみれば携帯性と言う点において、ナイフはとても優れているのでは?と感心もします。


 一体私は何を考えているのでしょうか。


 そんなことを言えば大きく、質の悪い武器を抱えている私は、超がつくほどのどアホになってしまいます。


 一瞬の瞬きのうちに戦闘が始まり、首に一回、刺突を。

 前列にいる6名が、大体2回ほどやったあたりで終りました。


 とても早いです。

 統率されたその動きには、芸術のようなものを感じます。


 私はそれを見終えると、軍人さん達の方へ近づいていきました。

 できるだけ刺激をしないように、ゆっくりです。

 何名かが私に気づき、こちらに目線を送ってきます。


 お互いの顔をはっきりと認識できるような距離になれば、彼、彼女らは全員私の方へ目線を向けていました。

 嘘です、何名かは周囲に目を向けています。


 私が「こんにちわは」と声をかけようとした時、ある事に気が付きました。


「What do you want to do with this girl, Ms. Squad Leader? (分隊長、この少女はどうしますか?)」と男が訳の分からない英語を発したからです。


「……」


「Squad Leader, shall I talk to her? (私が話しましょうか?)」


「Never mind. (気にするな)」


 どうやら話がまとまったようです。

 女性の方がこっちに来いとジェスチャーをし、歩いて行きます。

 私はそれに従って「てくてく」とついていきました。

 先程の場所から4、5メートル離れたところで女の人は立ち止まります。


 美しい金色の髪。

 先ほどからぐちゃぐちゃっとしたものしか見ていなかった私からすれば、見ていて気持ちの良いものです。


 彼女は私の目を「じっ」とみつめてきます。

 数秒間それが続きました。


「は、ハロー、ナイトミーチゥー」少し気まずくなった私は、そんなバカっぽくて、拙い英語を発しました。


 そんなに見つめられたら「ビクビク」と萎縮してしまいます。


 私がそんな姿を出していると、不思議なことに彼女は少し微笑を浮かべたのです。


 そんなに馬鹿らしいのでしょうか。


「sorry. 笑ってしまったな。私も拙いながら日本語も話せる。無理に英語を話してくれなくてもいい」


「はい、そうですか」


「そんな無理にかしこまらなくていい、ただ、この地獄のような一週間をどのように過ごしたのか気になってな」


 少し気まずそうな顔をしながら、そう言いましたよ。

 拙いと言っても、ほぼ完璧に使いこなせているじゃないですか! と嫌味ったらしく言いたくなるのは、空から鳥が降ってくるように自然の摂理のようなものですが。

 もちろん、ほぼ完璧ですが。


 「笑われた。恥ずかしい」私もまだまだ子供だと、自分のことを笑いました。


「どうだった、と言われましても、ただ家にいたとしか。今日、外に出てみたら」


 手を「プラプラ」させます。


「そうか、だったら、その傷はどうしたんだ、庇うように歩いているが」

 最後の方に「With all that noise? (あの騒音で?)」と小さく呟いているのが聞こえました。



 嫌な記憶です。


「化け物に噛まれてしまいまして」


「そうか……」


 難しそうな顔をしています。


「どうか錯乱しないで」


「どういう意味ですか?」


「奴らにひと噛みでもされたら、奴らと同じようになってしまう」


「知っています、そうでしょうね」と答えました。

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