4話 死人、いっぱい

 生きた死体は少しずつ緑の雑草をつぶしながら、よだれを撒き散らしながら、近づいてきます。

 片足を私と同じように負傷しているらしく、水の中を「スイスイ」優雅に泳ぐ、そんな時よりも遅いです。

 おまけに肩は所々緑色で「どろどろ」に溶けています。

 右腕は無いものと考えて良いでしょう。


 だけれど私を殺そうと近づいて来るそれは、1時間ほど前に見たそれと迫力が毛ほども変わりません。


 大学の友人があんな化け物に変わっているのを見たのは、正直ショックでした。


 ですが。


 罪悪感でしたり正義感は恐怖を前にするとどうでもいいんだと思いました。

 今「あの人のことは忘れよう」と結論づけられました。


 私とあいつの距離が眠っている人間二人分くらいになりました。

 おおよそ2メートルほどです。


 自分の頭の上、竹刀が地面と垂直になるよう構えます。

 こんな鈍い的に、技など必要ありません。

 叩きつけて、叩き潰せば良いだけです。


 叩き切る際に手の中で竹刀が「くるり」と回転しないように気を付けるのは、バランスの悪い武器の宿命ではあるのですが。


「ヤァア!!」


 いつものように男があげる嬌声のような、鼓舞する叫び声を叫びます。


 私のそれは吸い込まれるように頭部へ勢いよく、振り下ろされました。

 急ごしらえの武器とはいえども、普段から使い慣れている形状のそれは、目を瞑っていても当てられる様な自信があります。


 普段ならそんな自信は出てきませんが、今はどうしてか自信がどこからともなくあふれてきて、ぼーっとしていても周りのすべてに敏感になっています。


 だってほら、頭を叩き切る直前に後ろの方から「わしゃ」という草をかき分ける様な音がしたのですから。


 頭が半分に割れました。

 そのまま崩れ落ちるように倒れると、隙間から少し黒くて変色したピンクのブヨブヨが、黄色の油が、飛び出てきました。


 それを見届けると振り向き様に全力で薙ぎ払います。

 いつもよりなんだか体が軽い気がします。

 

 内臓が「ポロリ」と飛び出ていました。

 腹筋を断ち切り腹を半分ほど裂きました。


 それは太った化け物でした。

 体を「く」の字にして上向き、えび反りになっています。


 どうやら裏手にある台風で崩れてからそのままにしていた、ブロック塀の隙間からやってきた様です。


 その証拠に私の叫び声に釣られたのか、もう一体ほど這い出てきました。

 薄灰色のザラザラとした角ばった石たちに、皮膚を「ゾリゾリ」と削られながら出てきたそれは、所々筋肉が見えており、ゾンビの凶暴さがうかがえます。


 それは汚く腕を、足を振り回しながら走っています。

 私目掛けて、全速力です。


 真っ直ぐ竹刀を構えました。

 先端についている赤い包丁の角度が、あまり刺突に適していない向きですが、これもまた、そんなに気をつける必要はないでしょう。


 そのまま一直線、ただ真っ直ぐ走ってきました。

 首がくるところに、そっと、添えるように。


 首が飛びました。


 となるのが理想でしたが、首は飛びませんでした。

 ただ神経のところをぐちゃぐちゃにすることはできました。


 その時血飛沫が顔にかかりそうだったので目を閉じました。


 音だけの情報ですが、勢いのまま化け物は地面を数メートルほど移動しました。

 茶色の土と緑の草花を「ずりずり」とすりつぶしながら。


 「あまり頭は良くないんですか」


 そう言いながら目を開けて、刃を見ました。

 刃こぼれが凄くて、使い物になりそうにありません。

 そんな有様でした。


 視界の端でゾンビの口がパクパクしているのに気が付きました。


 どうやら、いや、わかっていたことですが生命力がとても高いそうです。

 よくそんな事に気が付きましたね。

 私のことながら、びっくりです。

 それにお腹がすいてきました、いや、私のことながらびっくりです。


 目の前の光景に吐き気を覚えているはずですのに、お腹が空いてたまりません。


 不思議です。


 とにかく足元をすくわれてはいけませんから、息の根を止めます。

 どうしましょうか。


 


 家の中からドライバーを持ってきました。

 自転車小屋、と言ったら大層なものですが、ここでは自転車に水がかからないように、水はけの良い布で屋根を貼るでしょうか。


 自転車小屋を作る。


 そんな時に大活躍しましたのが、青色と黒でできたスタイリッシュな大型ドライバーです。

 と言っても小さなネジなどはとても困ったのですが。


 首の神経がイカれたゾンビの方は完全に停止していました。

 突っついても何ら反応を見せてはくれません。

 先ほどまでピクピクと痙攣していましたが。


 腹を切り裂いた方はまだ生きています。

 ドライバーを目に向けて振り下ろします。


 ど真ん中にあたり、そのまま脳まで達しました。

 口の中が酸っぱく感じて吐いてしまいそうですが、頑張って堪えます。

「ピクピク」と痙攣した後、それは動かなくなりました。


 これで問題は一つ片付きました。

 

 本当にお腹が空きました。

 喉は乾きませんが。

 空腹感が襲ってきます。


 視界の端にまた何か違和感を感じ、それに意識を向けました。

 すると見覚えのある薄灰色の板が目の前に出てきました、先ほどから明度が低いものばかり目にしてうんざりしていた所に追い討ちがきます。


 犬でも眺めたい気分です。

 あの時の猫には感謝しています。

 あの猫がいたおかげで、恐怖を振り払えたのですから。



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 レベルが上がりました。

 スキルを選んでください。


 ・快楽耐性【Ⅰ】

 ・快楽増幅【Ⅰ】

 ・病気耐性【Ⅰ】

 ・空腹耐性【Ⅰ】

 ・棒術【Ⅰ】

 ・薙刀術【Ⅲ】

 ・格闘術【Ⅰ】

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 また、これです。

 この板、透明なのでガラスのように先を見ることができるのですが、ペットボトルに水を入れたものを横から見るような感じで、グニャグニャと変形して、赤と緑と茶色の庭が見えます。


 ここまで来ると、これが何を意味しているのかが馬鹿な私でもわかるというのは、当然で当たり前なことです。


 ここに書いてある複合語から感じ取れる、ニュアンス通りの効果が得られる。ようするに「超能力です」のようなものでしょう。


 快楽耐性と快楽増幅……

 どちらも嫌な予感がします。

 理性の方が「やめろ」と叫んでいます。

 

 空腹耐性と病気耐性……

 病気の方をとった方が良いでしょう。


 他のものはハッキリ言ってよくわかりません。


 家に上がって血だらけのジャージをまた脱ぎ捨てました。

 玄関の端にほったらかしです。

 靴と竹刀もほったらかしです。


 まさかもう一度着るとは思いもしませんでした。


 自室にある新しい服を乱暴に着替えると「どうしたものでしょうか」と顎に手を置きます。

 視界の端に映る小指の爪がとても綺麗です。


 奴らが音に反応することを意識せずに叫んでしまったので、しばらくしする頃には、きっと何匹かまた庭の方へ侵入してくるでしょう。

 その前にどこかへ移動したいです。


 あと、お腹が空きました。


 カロリーを取るために、家の中を漁って色々と食べて、多少はマシと言ってもいいくらいになったのですが。


「お腹が空いた! お腹が空いた! 甘いものを食べたい!」と脳味噌が信号をたくさん出して、困ったものです。

 

 私だって「お腹が空いた! しょっぱい物を食べたい!」と思っているところですから。


 いや、私は私ですから、何言ってるんですか。


 こんな感じの会話をあの人とたくさんしましたね。


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 病気耐性【Ⅰ】を取得しますか?


 yes / no


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 感染症になってしまったら、おしまいですから「yes」とします。

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