2話 死人は、近くに

 片目がつぶされているそれは近づいてきて再度窓を叩き始めます。


 私は必死に鞄の中を漁りました。

 その中から一番リーチの長そうなペンライトを引っ張り出して、右手に固く握りしめます。

 その時に鞄が血で汚れてしまいますが、気にも止まりません。


「お願いします。神様」


 神頼みとはまさにこのことでしょう。

 こんな非力な人間にできることなどたかが知れています。

 それに祈る相手も間違っているでしょう。

 ですが、今はそれに頼る他ありませんでした。


「ぱりん」


 ガラスが割れました。


 そこから入ってこようとしている頭を全力で何度も何度も蹴ります。

 悲鳴を上げながらも何かにとりつかれたように必死に何度も何度も蹴ります。

 ですが、それも長くは続きません、だって私の左足が掴まれてしまったのですから。


「きゃああああ」


 恐怖で頭がいっぱいになりました。

 右足でそれを蹴ろうとしましたが、もう遅かったです。

 それが私の脚を噛もうと顔を近づけたからです。


「まっ」


「ま、待ってください」と言おうとしたのかもしれません。


 言葉を発する前に、それの歯が私のふくらはぎを噛みちぎり喉を鳴らしました。


 痛みで意識が飛んでしまいそうです。

 ですが、そんな暇はありません。


 血まみれの口を開けたそれが、もう一度私を噛もうとしているからです。


 反射的にに脚を引っ込めました。


「ぐっ」


 と、同時に少しの痛みが走ります。

 窓の破片が足に突き刺さり、裂けて血が出ているからです。

 噛みちぎられたところはとても熱くて、とても痛いです。


 ですが、これでいいのです。

 そうです。

 自分にそう言い聞かせます。

 何が良いのでしょうか。


 心臓が痛いくらい脈打っている中、それはまた車の中に入ろうとして来ています。


 私はそれに近づきました。

 もう足は使い物になりません。

 こちらに噛みつこうと暴れています。


 さらに近づいて、そして右手に持ったペンライトを潰れた目に目掛けて振り下ろします。


 狙いはズレて頬に当ります。

 腕を掴まれ引っかかれました。

 悲鳴を上げると同時にもう一度、目に振り下ろしました。

 今度は鼻に当たりました。

 腕に噛みつこうとしてきます。それを払いのけ、また目に。

 今度は瞼に当たったようです。

 パニックになりながらも噛まれる寸前、またも目に。


「グシャリ」と音を立てて眼球は潰され奥深くに突き刺さりました。

 ペンにむけて腕を全力で叩きつけると化け物はそれを境に動きを止めました。


「……」


 やっと倒せたようです。

 安心して力が抜けていきます。

 ですが腕から出ている血液が危険信号を発しています。


 倒れそうになるのをなんとか堪えて、化け物が寄りかかっているドアを開けて外に出ました。


 目の前に猫の死骸がありましたが、今はそれを気にしている余裕はありません。


 1分ほど時間をかけて足を引きずり、自宅へと戻ります。


 血で濡れた靴をそのままに救急箱を引きずり出して、何とか止血を試みました。

 震えている手ではあったものの、止血帯、傷口の洗浄、消毒、ガーゼによる圧迫、包帯の巻き方、母から教えてもらった通りできたはずです。


 次に、カバンの中からガラケーを取り出し、警察に連絡を入れました。

 当然のことながら、電話はつながりません。


 アドレナリンが切れてきたのか足の方から熱を帯びた激痛が、全身に広がっていきます。


「うぅ」


 涙が出てきます。

 なぜこんなことに……

 なぜ私がこんな目に遭わないといけないのでしょうか。

 悪いことはしていないはずです。

 なんで? なんでなんですか。


「うぅ」


 また泣き出しました。

 そんな時、視界の右端に何か違和感のようなものを感じました。

 何かと思い意識を向けると、目の前に薄黒い透明な少し楕円形の板が浮かんでいました。


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 レベルが上がりました。

 スキルを選んでください。


 ・痛覚耐性【Ⅰ】

 ・病気耐性【Ⅰ】

 ・棒術【Ⅰ】

 ・薙刀術【Ⅲ】

 ・格闘術【Ⅰ】


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 今までにない不思議な現象に、ポカンとしています。


「な、なんですかこれ…」


 訳が分かりません。

 急に現れた変なものに触れようと角の方をつまむように手を伸ばします。

 ですが、触れません。


 すり抜けるのです。


 痛みでまとまらない思考で体を硬直させながらも、板に手をかざすような仕草をすれば、表示されている物が変わりました。


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 病気耐性【Ⅰ】を取得しますか?


 yes / no


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