第40話 耳打ち

 決着はついた。

 もうこれ以上この場で俺達と戦おうなどと思う馬鹿者はいないだろう。


 完全に優位に立った状態で、ダートが一歩前に出て動けないジャンゴへと話しかける。


「貴方方の言い分は、こちらのメンツが立たねぇ……でしたっけ?」


 今更そんな段じゃないだろうよ。

 実際、ジャンゴも苦虫をかみつぶしたような表情で応えるしかない。


「では、今日の事を無かったことにする代わりに、俺達には一切手を出さないと約束できますか?」

「なにをいっへ……」

 おっ。未だに抵抗する意思があるだけ、やはり腐っても代表やってるだけあるなぁ。


「いいんですか? 敷地に罠を張って待ち構えていたにもかかわらず、田舎のストレンジャー風情に全滅させられたという噂が出回っても?」


 元々は手下が3人任務を遂行できなかっただけの小さなミスだ。

 それをうやむやにしようとして、もっと大きなミスを犯してしまった。

 そんな噂が広まれば、メンツなどと言っている場合ではないだろう。


「わ、わはった……やふそくする」

「良いでしょう、もちろん約束が守られなかった時には──いや、脅す価値すらありませんね」


 ダートは鼻で笑うと、しゃがみ込んでジャンゴへと耳打ちする。

「ちなみに、貴方が失禁したことについては別件です。個人的に何か頼むときの借りにしておいてあげますよ」


「いや聞こえてるから」

 辱めをしたかったのか声は大きくて、そこにいる全員が苦笑いをするのであった。



 かくして「何事もなかった」漆黒の闇の隠れ家を出てきた俺たちは、そのまま馬車を受け取った。

 残ったゴロツキも海を分けるようにささっと道を作る。


「お前ら、悪い事やってるとこういう時に損するぜ、手当が出るわけでもねぇんだろ? 真っ当になってトレマーズをやり直してみろ」

 ゴードンの別れ際の言葉にも、みんな苦笑いを浮かべて見送ってくれた。



「一時はどうなる事かと思ったよ」

 怪我はしたが、リンクスのお陰で大事には至らず、五体満足で話がまとまった。

 馬車で少し行ったところで、緊張の糸がほどけそんな言葉が自然と出てきた。


「全くですよ……それもこれもケンゴさんがジャンゴを抑えてくれたお陰です」

 確かにあの瞬間から形勢は一気に逆転した。

 今日の功労者を挙げるならばまちがいなく俺だろう!

 腕を腰に回して、大きく胸を張って威張って見せたが、ダートからは何かジトっとした視線を注がれている。


「何だよ、いいじゃん今日くらい偉そうにしても!」

 少しくらい俺の権威よ回復してくれ。


「いえ、そうではなくて……どうやってジャンゴを行動不能にしたのかなと」

「そこが気になってたのかよ……あれはだな──」

「ちょっと待ってください!」

 自分から聞いといてダートは俺の話を遮りやがった。


「嫌な予感がしますので、俺だけに耳打ちしてくれませんか?」

「どういう意味だよ」

「問題なければみんなに自慢でも何でもしていいですから」


 そこまで言うなら仕方ない。

 俺はそっとダートに耳打ちを……

「あいたっ!」

 ダートの側頭部にステータスウィンドウをぶつけてしまった。

 くそう、こんなところでも邪魔してくるのかよ!


 仕方なく俺はダートの正面に回る。

 横からではなく、頬を接触する形で彼の耳に声を届ければ何とかなりそうだ。


 耳を隠している邪魔なフードを外すと、光に当たる部分だけ少し青く光る黒髪が現れる。

 正面から耳打ちを行使する俺に対して、普段はあまり見ないダートの目がまん丸に見開かれていた。

 そういえば面と向かってダートの目を見たことはなかったな。

「綺麗だな、とび色だったのか」

「どどどど、どういうつもりですか!?」

 素直に褒めたつもりだったが、嫌がられてしまった。


「いやすまん、フードの中を殆ど見たことがなかったからつい」

「っていうかどうして横からじゃないんですか!」

 おっと、これはどう答えていいものか……。ステータスウィンドウがなんて言えないしな。


「俺の住んでいた南の国ではこうやるのが普通なんだが?」

 よし、ここで古い設定を持ち出しておこう。

 普通と聞いてちょっと力が緩んだダートだったが、そういえばこいつは他人との接触を極度に嫌う節があったよなと思いだす。


「嫌なら止めても良いんだぞ?」

 その言葉に何故か顔を真っ赤にするダート。


「いえ、俺が言い出したことですし、割と大事な事なので……俺も我慢できるというか……」

 もじもじしてはっきりしない応答に、いつものダートのイメージはない。


「顔を真っ赤にされてると、俺まで恥ずかしくなっちまうよ」

 俺は自分の恥ずかしさをごまかしながら、ダートの体がぶれないように肩を優しく掴んで、顔を近づけてゆく。

 頬と頬とがくっつくと、若さゆえかモチモチとした感触。

 さっきのたどたどしい感じに、赤らめた顔を思い出すと何だか同性なのにムラムラしてくるからたまったもんじゃない。


 これは誘い受けってやつか?

 いい匂いもするし、お姉さん達にはモテるんだろうな。

 気持ちをすり替えながらも、口元が耳の近くまで到達する。


 そこで俺はあの魔法の秘密を語った。


──ジャンゴが倒れたのはいわゆる熱中症のようなもの。

 体の水分を一気に一リットルほど絞ってやっただけなのだ。

 全身の倦怠けんたい感、そして眩暈めまい。さらには意識の混濁こんだく

 酷ければ死んでしまうかもしれない危険な魔法の使い方だ。


 つまりニムラなどを乾燥させた時のように、人間を乾燥させてやるだけで一気に行動不能に陥るというわけだ。


「すごい思い付きだろ?」

 褒めてもらえると思って俺は上機嫌で彼の耳から顔を離した。

 しかし、そこには先ほどのいじらしい表情のダートは居らず、いつものように苦い顔に戻っていた。

 そのままフードを被りなおすと、あからさまに大きくため息を落とした。


「思いついてもやっていいことと駄目なことがあるでしょうが!」

 そして殴られた、何で!?


「いいですか、貴方の使った魔法は、人間に対して効果が高すぎます! この事が魔法省に知れたら拘束されるか、良くて監視対象になって二度とその魔法を使えないように見張られますからね!」


「それ、まじで?」

「大マジです! 今回は無かったこと案件だったので、それが外部に漏れることはまずないでしょうが、人前で使ったらすぐにお縄だと、肝に銘じておいてくださいね!」


 そういえば、透明になる魔法で悪事を働いたりするのは取り締まられてるんだから。

 避けようもない不可視で致命的な魔法なんてあったらそりゃぁ怒られちゃうか?


 せっかく活躍したというのに、殴られたりと散々な結末だった。

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バグでウィンドウ閉まらないけど、これって意外と使えるの!?取り敢えず俺は食って寝るだけの普通の生活したいんです!バグと歩く魔法世界 T-time @T-time

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