第39話 ドミノ倒し
──魔法の使い道はいろいろある。
水を操作する魔法で水を動かすだけじゃなく、純水を作り出せたり、乾燥させたりすることが出来るように。
でも、思いついてもやっちゃいけない魔法だってある。
それは倫理的にまずいものだったり、強力すぎて畏怖の対象になったり。
だが目の前の人間が、道徳を外れている時くらいは、こちらもそのタガを外したっていいと思わないか?
俺はオペレーションウォーターの魔法の印を刻む。
この魔法は何度使ったかわからないから、きっとウィンドウが無くても正確に書けるのではないかと思うほどに手慣れていた。
その魔法で俺とジャンゴの間に、拳大の水の玉が出来る。
「はっ、粋がって許さないと言った割には、結局水の魔法か」
鼻で笑いながらもその水の玉を警戒するジャンゴ。
「今までとは違うよ」
会話の内に2倍程度の大きさになった水球。
それはふよふよと浮かんでいるだけで、攻撃の意思を感じさせない。
「まぁいい、お前の時間稼ぎに付き合う趣味はねぇよ」
ジャンゴは、その水球を回り込んでこちらへ飛び出そうとした。
しかし、足がつんのめってしまい、ひざと手を地面につく形になった。
「おっと、お前の弱さに気が抜けちまったか、
そのまま立ち上がろうとしたが、今度はよろけてしまう。そこでようやくすでに攻撃が始まっていたことを知ったようだ。
みるみる顔色が悪くなってゆく。
「立てるか? 無理だろう? お前はそのままそこで見てろ!」
絶句しているジャンゴに背を向け、俺は相棒であるダートの方へ駆け出した。
「待て貴様!」
ジャンゴが叫び懐からナイフを取り出すが、それはヘロヘロと飛び地面に転がる。
「あのガキ! 何をしやがった」
そう恨み言を吐いているようだが、全身のしびれに負け、遂には四つん這いの腕の力も抜けたのだろう、そのまま地面に突っ伏した。
「ダート!」
俺はクロスボウマンと戦っているダートの前に躍り出る。
「ケンゴさん! 障壁をお願いします」
「ああ、わかってるって……こっから反撃だよな?」
「ええ、貴方が来てくれたなら、楽勝です」
敵の矢を避け、位置取りに気を配りながらも、反撃の目を探していたに違いないダートは、この不利な状況でもにやりと笑って見せた。
その反応に俺も勇気づけられ、クロスボウマンをまっすぐに見据えることが出来た。
選手交代したダートはすぐさまヘンリーの元へと移動してゆく。
「逃がすものか」
慌ててクロスボウをそちらに向けるが、矢は射線に入った俺のウィンドウに阻まれて弾き飛ばされる。
「さぁ、今度は俺に付き合ってもらうぜ」
先ほどのダートのように不敵に笑う俺。
ヘンリーの元に駆け付けたダートは、水の魔法使いを見据えて余裕の表情だ。
絶え間なく撃ち出されている水の礫を、同じ水で相殺してゆく。
だが魔法使いは余裕の表情を崩すことはなかった。
「同じ水の魔法で戦っても時間稼ぎにしかならねぇよ、その間に他の奴らの手が空けば、お前らに勝ち目はねぇぞ」
いやらしく笑うと、更に水の玉を増やして飛ばしてくる。
「誰が、同じ水の魔法だって?」
久しぶりのダートの低いどすの利いた声がしたと思ったら、敵の魔法使いの放った水球が軌道を変えて一つに集まり始める。
「なっ! どういう事……」
その言葉を言い切る前に、水の大きな塊が魔法使いを飲み込んだ。
「バカスカ水を出してくれて助かりましたよ、こっちはある水を動かすだけのチンケな能力だもんでね」
ダートの捨て台詞は、水の中でもがき苦しむ魔法使いには聞こえていなかった。
その後ろでスキンヘッドを水滴で濡らしながら、ヘンリーが立ち上がる。
「みっともない所を見せちまったな、今度は俺の番だぜ」
すぐさまトーマスの方を向き直り、何やら魔法の印を結ぶ。
双剣使いと切り結んでいたトーマスは、自分の体に魔法が掛けられたことを悟ると、剣を振りぬきざまに投げつけた。
「なにぃ! 剣を捨てただと?」
双剣使いは、まさか目の前の剣士が自分の得物を破棄するとは思わなかったのか、間合いの外から放たれたその投擲をギリギリで弾いた。
その一瞬の動揺を見逃さなかったトーマスは、タックルの要領で相手に体当たりをすると、その両手をがっしりと握った。
「剣では勝てないと悟りましたか……しかし、腕を離した瞬間、貴方は切り刻まれて終わりですよ」
「大丈夫だ、離すつもりねぇから」
トーマスがそう言った瞬間。二人は大きな火柱に飲み込まれた!
「仲間ごと焼くだとぉ!! ぎゃぁぁああああ!」
爆ぜる炎の音に交じって、叫び声が聞こえる。
一瞬で丸焦げになった剣士がその場に崩れ落ちる。
「ちょっとは火力を考えろよなヘンリー!」
しかし、トーマスだけは立ったまま顔のすすを払っていた。
「先にファイアープロテクションを掛けたから大丈夫だったでしょう?」
「馬鹿野郎! めちゃくちゃ熱かったって!」
文句を言いながら先ほど投げた剣を拾って、即座にゴードンの方へ走る。
口では文句を言っていても、ダメージはほとんど無い様子だ。
「大丈夫かゴードンの兄貴!」
「なんとかな、ギリギリってとこだ」
全身のあちこちに切り傷を作っているゴードンは、苦しそうに
「ちまちま攻撃してきやがって、俺のハンマーがかすりもしねぇ」
「いや、兄貴は大振りすぎるんですよ」
そう言いながら鉤爪男に切りかかるヘンリー。
ハンマーとは比べ物にならない速さで振られる剣。
リーチの短い鉤爪で応戦するには技量が足りなかったのか、手と足の筋を切られてすぐに地面に転がる羽目になった。
俺がダートと位置替えをしてから、ドミノ倒しのようにあれよあれよと戦況がひっくり返っていったのを見ていたのは最後まで残ったクロスボウマンだ。
「こんなに簡単に負けるとは!」
直ぐに
しかし、その一歩目で盛大に転ぶ。
「地面に飛び散った水を凍らせてるから気を付けてくださいね」
俺がその滑稽な様を見ながらそう言うと、ダートが水の鞭をクロスボウマンに巻き付けてお縄にしてしまった。
「さあて。これで全員かな」
中には満身創痍な者もいたが、リンクスのヒールで怪我を治してもらって、今はぴんぴんしている。
その全快した戦士たちは、この騒動の発端であるジャンゴの前に並んでいた。
先ほどまで見下していた余裕の表情はどこへやら。
ただ純粋に怯えに支配された顔で、地面に顔を付けたまま見上げてくる。
「ほ、ほろさはいでふれ」
ろくに立ち上がる事も、しゃべる事も出来ないジャンゴ。
恐怖に失禁する姿は、むしろ哀れにさえ感じるほどだった。
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