第38話 戦闘開始!

 ツイトンの街のトレマーズの中でも、兄貴分のゴードンが、にやりとその相貌そうぼうを歪めた。

 そのまま目の前の長机の手前側を持ち上げると、横に振り回す。

「なんつう馬鹿力!」

 円を描いたその机は180度ほど回ったところで手放され、派手な音を立てて壊れた。


 その音が開戦の合図になったのか、一気に敵がなだれ込んでくる。

 しかし同時にヘンリーによって放たれた炎の壁が、長机を巻き込んで発生した。

 そしてその左側ではダートが水を操り。鞭のように振り回して牽制。

 その反対ではトーマスが腰から引き抜いた剣を敵に向けている。


 つまり4方のうち3方は受け持ってくれている状態だ。


「よし、オートリのあんちゃん。派手にぶちかましてやれ」

「俺っすか!?」


 水の魔法は使えるけど、滝壺にいた時のような大きな魔法は使えないんだよね。

 だって俺の魔法は『オペレーションウォーター』だから、今ある水を操作する魔法であって、生み出す魔法じゃないんだからさ。


 心の中で少し文句を言いながら、俺も水筒の蓋を開ける。

 魔法を使うと、水筒の中から水が溢れ出してきて宙に浮いた。

 そのままくるくると回り始めて、土星の環っかのような形になってゆく。


「やっぱ魔法ってのはとろくせーなぁ」

 隙間を縫って飛びかかってきた、漆黒の闇の手下をでかい拳でぶっ飛ばし、俺の魔法が完成するのを待っているゴードン。

 いまだに彼は武器にすら手をかけていない。


「で、誰に打ちます?」

 俺はとりあえず魔法を用意したものの、これをどうするかまで考えていなかった。

 ゴードンはもう一人手下の頭をアイアンクローして片手でぶん投げてから、あまつさえ支部長ジャンゴを指さした。


 恨まれるのは勘弁なんですけど。

「すみません俺はこの人に言われたからやってるだけです!」

 明らかに責任転嫁しながら俺は指先の水の輪っかを相手に向かって飛ばしたのだった。


 しかしそれは容易に避けられる。

「その距離からの直線的な攻撃など、当たるはずもないだろう」

 ちょっと馬鹿にされたんですけど。

 そしてジャンゴは懐に手を入れると、その両手に3本ずつナイフを握っていた。


 なんだかやばそうなので、ウィンドウを最大まで拡大しておこう……。

 まぁ予想通りそのナイフが飛んでくるんですけどね。

 当たらないと分かっていれば少しは余裕もあるってものだ。


「危ねぇ!」

 そこにゴードンさんが滑り込んできて、その太い腕で投げナイフを全て受け止めてしまった。


「ちょっと、大丈夫ですか?」

「新人、油断は禁物だぜ」

 少し顔を歪めながら格好つけたつもりだろうけど、絶対今の当たってないからな。


 とはいえ俺のステータスウィンドウについては誰にも話したわけではないので、ゴードンが知らなくても無理はないし、そうなると今の状況はピンチに見えたのかもしれない。


 俺には荷が重いと思ったのか、そのままゴードンさんが前に出てくれた。

 初心者に経験を積ませようって腹なのだろうが、俺は戦闘系のストレンジャーになるつもりがないから、余計なお世話だ。


 そんなことを言っている間にも、後方では瞬く間に構成員が減らされていく。

 あちこちで男共のむさくるしい叫び声が聞こえる。


「下っ端じゃぁ相手にならねえか」

 そう呟いたジャンゴは指笛を一つ鳴らした。


 同時に気絶していない下っ端はその場を離れ、4人の男たちが俺達を囲むように現れた。


「さぁここからが本番だ!」

 その掛け声とともに一斉に飛びかかってきたのだった。


 まずはダートの所にはクロスボウを抱えたフードの男。

 ぶっちゃけ見た目で言うとキャラがかぶっている。

 しかし、ダートが操る水の鞭に対しての飛び道具は分が悪そうだ。

 ダートの攻撃の届かない場所を動きながら弓を射ってくるし、それを武器でいなすことが出来ない以上、回避に専念せざるをえなくなっている。

 また、流れ弾を仲間に当てないように位置取りしなくてはならず、相手に一方的に攻められていた。


 トーマスさんの敵は彼と同じく剣士。

 しかし双剣の使い手であり、手数を持って圧倒しているのが分かる。


 ゴードンさんへと飛びかかった相手は徒手空拳を基本にしたスタイルのようだが、手に鉤爪のようなものを装着しており、ガードの上からチクチクと傷を負わせるタイプか。

 大振りな攻撃しかできない鉄槌では、その動きについていけない。


 その後ろでは炎の壁に水球が物凄い速さで連射されていた。

 どうやら火の魔法使いであるヘンリーに対しては、水の魔法使いが当てられているらしい。

 これは素人目に見ても完全に不利だ!

 人体に穴が開くほどの速度ではないようだが、よけきれずに被弾したヘンリーが大きくのけ反る所を見ると、ボクサーのパンチ程度の威力はあるのだろう。

 何度も食らえばダメージは蓄積されるし、炎の魔法を射ち返しても水の壁で打ち消されて決定打になっていない。


 背後からリンクスがヘンリーのダメージを回復させようと頑張っているものの、それをかばう形でヘンリーがダメージを負う以上、じり貧なのは目に見えている。


 俺は助けに入ることもできずにただ、一人余裕をかましているジャンゴを睨みつける。


「お前たちの情報などすぐに集まったよ、最適な人員を集めるのには苦労しないからな」

 不敵な笑みで語るジャンゴに、水のチャクラムを飛ばすが、さっきと同様に簡単に避けられる。


「魔法使いは不便だな、指の動きで大まかな攻撃が予測できてしまう」

 そう言いながらも懐から更に投げナイフを取り出し投げつけてくるが、それはウィンドウによって阻まれた。


「障壁持ちか……」

  そう言うと先ほどより少し大きめのナイフを取り出して突進してきた。

「お前だけは情報が少なかったが、ただのルーキー。大したことはなさそうだな!」


 瞬間俺はチャクラムを撃った手を引いた。

 その動きにジャンゴは一瞬足を止め、横にかわす。

 チャクラムはほんの少しだけ彼の頬をかすって地面に消えた。

「魔法の向きを変えたか、小賢しい真似をするが……年季の違いを見せてくれる」

 その頬にうっすらと滲ませた血を指で拭うと、一歩前に出てきた。


 その場所に大きな鉄槌が振り下ろされたことで、地面が割れ、岩が飛び散る。

「ゴードンさん!」

 横合いから完璧なタイミングで俺のピンチを救ってくれた。

 しかしハンマーに潰されたと思ったジャンゴは、砂埃の向こうに立っていた。

 惜しくも外れた様子だ。これが彼の言う年季の違いと言うやつか。


「兄ちゃん、おめぇには荷が重いぜ」

「有難うござい──!」

 お礼を言う俺の目には、ゴードンが脇腹に鉤爪を深く刺された姿が映った。


 俺を助けようとしたばかりに、このパーティで最大戦力のゴードンさんが膝をついている。


 足を引っ張っている状況に、昔の俺なら嘆いているばかりだっただろう。

 しかし、俺には守りたい仲間が出来た。

 嘆いたり悔やんだりする暇はない。

 ただ、出来うる力をすべて使って彼らを助けたいと思ったとき。


「お前ら、ただで済むと思うなよ!」

 などと、怒りに任せて叫んでいた。

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