第37話 伝説の人
馬はもういい。
まぁその代わり犯罪者集団と一緒になるわけだが。
みんな手足を縛られて座らされていて、俺が入ってくるとじろりと睨んできた。
俺はなにも酷いことしてないからね?
「お前らもこれに懲りて、真っ当な生活ってのをやってみな」
一緒に乗り込んだモヒカン頭のゴードンが嫌みったらしく言うもんだから、ため息をついたり、舌打ちをしたりと、好意的な受け取りかたをするものはいない。
「俺も初っぱなの仕事でミスって、マーレの選別工場に送られた事ありますよ」
そんな最底辺を味わった俺でも、わりと日々食っていくくらいは稼げてるよって所を示して、ちょっと場を和ませたかったんだけど。
みんなの反応は本気で嫌そうだった。
「毎日毎日マーレ、マーレ! あそこにいたら気が狂っちまう!」
「あれは負け犬根性を叩き込むためだけの施設で、更生させる気なんかこれっぽっちもねぇんだ!」
「お前もマーレ以下の、ゴキブリ扱いされる気持ちくらい分かんだろ!」
えっ、めっちゃ火が着いたんだけど!?
禁句とかだったの?
俺があたふたしていると、ゴードンさんが俺の方に手を置いてゴキブリ達に向かって俺を紹介した。
「この男こそがマーレの貴公子なんだぜ」
その瞬間天幕の中がざわつく。
「あのマーレの貴公子……」
「わずか2週間で出所したって言う……」
「しかもそのあと自発的に来てるらしいぜ」
こういうところで人気者になっても全く嬉しくないんだけど?
中にはちょっとした尊敬の目で見てくるヤツもいるし。
「貴公子さんよ、あのな……マーレの見分け方を教えちゃくんねぇか?」
中でもちょっと年配のごろつきが、わりと本気のトーンで教えを請うてきた。
流石に裏技を使っているとは言えないので。
ちょっと悩む。
「ええっとですね……骨張っているのがオスで、斑点が多いのがメスで……」
その瞬間皆の顔がチベットスナギツネのようになって。
興味を失ったように黙ってしまった。
誰一人として言葉を発すること無く、ただ荷物のように揺られるだけ。
「オートリよぉ、その説明で見分けれないからみんなあそこに行きたくないわけでよぉ」
なんだか申し訳なさそうにゴードンさんが突っ掛かってくる。
ごめん、本当は俺もその見分け方どうかなって思ってるんだ。
荷馬車は人があるくより少しだけ早い程度のスピードで街道を行く。
フッカという街は、果てしなく広い。
中心に近い部分に街を守る壁を作ったのだが、発展を始めるとその中に収まりきらなくなった。
そして溢れた街を囲うように、もう一重壁を作ったわけだ。
にも拘らず、更に人口は増加。
溢れだして、いまやその端は森の中や、山岳にまで届いている。
いまから向かうのはその森の中の方のようだ。
ある程度行くと、民家はまばらになり。
段々と高い塀や、丈夫な家が目立つようになる。
この辺は街の恩恵もうけつつ、魔物とも共存している危険な場所。
とはいえ流石にそんなに強い魔物はいないだろうが、逆にいうと、ふらふらと用事の無いものが出歩くような場所ではないため、盗賊の拠点を構えるにはわりといい立地なんだろう。
「着いたようだぜ」
一緒に乗っているゴードンさんが俺に目配せする。
幌の天幕を固定している枠組みに手をかけると、身を乗り出して前方をうかがった。
金属で出来た柵の奥に、石造りの立派な家がある。
三方を山に囲まれており、薄暗いイメージだ。
「勘違いするなよ、ここは拠点の一つにすぎない。本当の本部にお前達を招き入れるはずがないだろう」
話し出した若い男はニヤリと笑って見せるが、別にこのアジトをぶっ潰しに来たわけではないのでスルーすることにした。
「よっしゃ、派手にいくか」
ぶっ潰しに来た訳じゃないよね?
ゴードンさんの勢いに若干不安になりながらも、止まった幌馬車の上から降りる。
「俺達を中へいれろ、手下どもはここで解放してやるからよ」
門を守っていたごろつきにトーマスさんが怒鳴る。
喧嘩腰やめて?
手下は元々そう聞いていたのだろう、さっさと門を開けると俺達を中に通してくれた。
屋敷の入り口も手下が開けたことで、俺達はなんのいざこざもなく中に入ることが出来た。
「スムーズ過ぎて逆に怖いくらいだぜ」
スキンヘッドの炎魔法使いヘンリーが、辺りを警戒しながら呟くが、俺も同意見でしかない。
「話し合いをしに来ただけだからな」
ダートは先行するトーマスの後ろにいて、こちらへそう語る。
そのまま二階の広間へ通されると、大きなテーブルがあり、その奥に一人の男が座っていた。
体は筋骨粒々で、ゴードンさんと同じくらい大きい。
そいつはテーブルに肩肘をつき、面倒くさそうな顔で俺達を見ていたが、おもむろに口を開くのだった。
「とりあえず座ってくれ」
空いている右手を差し出して指示するものだから、俺達も黙ってそれに従う。
皆が落ち着いたところで、面倒臭そうに話を切り出した。
「俺の名前は、ジャンゴ。漆黒の闇フッカ支部の支部長をやってる」
街ごとに管理職を置いているとなればかなり大きな組織なんだろう。
しかし、暗殺集団などと言われているわりに、ヒーリング協会よりもみんなの嫌悪感は小さい気がする。
「俺達はツイトンを拠点にトレマーズをやっているものです」
「ああ、ツイトン支部長から聞いてるよ、ダート・ランフィールド君」
しかも情報伝達も早くて正確だ。
これはかなり手強い相手だぞ。
「単刀直入に言うが、このリンクス・スプリングホップから手を引いてくれないか?」
名前まで調べているのだから、こちらの要求などお見通しだとは思うが。
ダートが話を切り出したことで、相手も答えざるをえなくなった。
その答えいかんによっては……
俺の手に汗が握られる。
「うちの部下が仕事を失敗して、あまつさえアリバイ作りに荷担させられている。その事実が一般に知られるとウチの信用はガタ落ちでね」
「そりゃぁまあ残念な話ですね」
ふざけて横やりを入れて煽るトーマスを無視して、ジャンゴは語る。
「ヒーリング協会は金払いもいい、お得意様なんだ」
「仕事は達成して、エルフの姉ちゃんは死んだ……今回の件はお互い闇に葬るってのはどうだ?」
トーマスの提案をジャンゴは鼻で笑い飛ばす。
「それじゃぁこっちのメンツが立たねぇって言ってんだろ?」
その言葉を皮切りに、20人あまりの男が俺達を取り囲む。
「話し合いに来ただけだってのに、この人数で取り囲んでおいて、メンツもなにもねぇじゃねぇか」
なんでゴードンさんは楽しそうなの?
「まったく、少し頭を冷やして欲しいところですね」
ダートまで好戦的に構えつつ、腰の水筒の蓋を空けている。
お前ら話し合いって言ったよな?
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