第36話 モイルの包み焼き

 交渉をするという趣旨を伝え、山盛り暗殺者の中から一番偉そうな奴を逃がしてみる。


 その間特にやることはないので、荷馬車の横で美味しい昼御飯を取ることになった。


「今日はマーレじゃないんだな」

 俺は目の前に広がる、うっすらと緑色の肉を見て食欲を無くしていた。


「この辺では割と珍しいグラスボアだ。草ばかり食べてる人畜無害な猪の仲間だな」

 ゴードンさんたちの獲物に一番喜んでいるのはまさかのリンクス。


「これは私の里の方ではわりと頻繁に取れてな、子供の頃から慣れ親しんだ味なんだ」


「バカな奴らが俺たちを暗殺するのに、装甲馬車を走らせやがって、お陰でいつも隠れてるこいつがびびって出てきちまったってとこだろう」


 聞けば食事を終えると自分で掘った穴の中に隠れて、日中は出てこないというから、この辺でもあまり食べられる動物ではないのだとか。


「にしても、よくこんなボロ馬車で、その装甲馬車に立ち向かえましたね」

 感心しきりである。


「んなもん。引っ張ってんのはただの馬だ。ヘンリーの炎魔法でびびって止まっちまった」

「他にも暗器を使う暗殺者らしい奴も居ましたけど、目の前で名乗りを上げるもんだから、暗器を使う前にトーマスさんのスキルで一撃でしたね」


 食事を作りながら倒した暗殺者について語るが、どれもこれもちょっと抜けてて、そこをつかれてやられている。


「こいつらお間抜け集団なの?」

 戦えない俺に言われる筋合いはないだろうが、それでもそう思ってしまうのはダート達がこの世界に慣れすぎているからだろうか。


「いや、層が広いんだよ。上の方の奴らは本気で強いぜ」

 口調が変わったゴードンは迫力がある。

 その手元でモイルの皮を剥いていなければ、震え上がってしまいそうになるのだが。


 モイルはリンゴっぽい酸味と甘味の果物ね。


「お前が出会った当たり屋のように、世間でうまく行かないつまはじき者を抱えて世話を焼いている組織だからな、そういう半人前が底辺にうじゃうじゃいる」

 ゴードンさんが皮剥きの終わったモイルをトーマスに渡すと、ナイフで器用に芯をくり貫いてゆく。

 そしてモイルと一緒に話の続きもトーマスから語られた。


「そこで馴染んだり実力をつけたものが上に行き、また下を育てるっていう組織だな」

 モイルは今度はヘンリーへと渡され、先ほどのグラスボアの薄切り肉に包まれてゆく。


「子の手柄は同時に親の手柄にもなるから、沢山傘下に置いて、その誰かが手柄を取ってくれば、親にも恩恵があるって仕組みなんだ」

 とヘンリー。


 うん。ヤクザみたいなもんか。

 本気でかかわり合いになりたくない人種だなぁ。


 そんな事を考えている間に、肉に巻かれたモイルは石の上に並べられる。


「じゃぁコック長、調理してくれや」

「あいよ」

 そういうとスキンヘッドを光らせながらヘンリーが印を結ぶ。

 攻撃に使う魔法よりも、ごく小さい炎の球が形成された。

 それがゆっくりと肉巻きモイルの上へ差し掛かると動きを止めた。


「強火の遠火で10分くらいか」

 どうやらしたに敷いた石も熱されているらしく、接地面から肉の焼ける美味しそうな匂いと、音がじゅぅじゅぅとなり始めた。


 リンゴを肉で巻くなんて食べ物は聞いたことがないが……美味しいのだろうか。

 半信半疑ではあるが、調理の手慣れた雰囲気からすると、わりと作られるものなのだろう。

 だったら安心できるかな。



 そうこうしているうちに炎の球は消え、残ったのは赤くなったグラスボアの肉と香ばしい匂い。

「焼くと赤くなるんですね」


 匂いは良いが、こんなに赤いと生焼けっぽい気がして、緑色の時とはまた別の食欲のわかなさがある。


 しかしそんなことはお構い無しに、みんなそれぞれにひとつモイルの包み焼きを皿に盛った。

 そして待ちきれないとばかりにナイフを突き刺す。


「おわっ、すごい汁!」

 深目のお皿にしている意味がわかった。

 モイルが縮んだ変わりに大量の果汁が肉巻きの中で溢れていたのだ。


「ナイフでボアの肉を小さく切って、スープと一緒に飲んでみてください」

 食べ方に戸惑っていた所に、ダートからレクチャーが入る。


 言われた通り、グラスボアの重なった薄切り肉を、ナイフで細切れにしてゆくと、見た目はベーコンマシマシのコンソメスープのようなものが出来上がった。


 だが、相手はリンゴだぞ?

 コンソメスープと違って甘いはずだ。

 そう心で唱えながら、覚悟して口をつける。


「甘くない!」

 俺は声を上げてしまった。

 市場で食べたときは、普通にシャリシャリのリンゴの様な味だったのに、スープには甘さを感じることはなかった。


「この香ばしい香りはなんです?」

 俺は隣にいたヘンリーさんに話しかけると、料理を取り仕切っていたヘンリーは快く教えてくれる。


「この香りはグラスボアの焼けた表面の香りだぜ、あっさりとしたモイルの果汁とよく合うだろ?」


 少し赤身の強いグラスボアの肉を口に運ぶ。

 肉の味と脂身の奥に、ほうじ茶のような香りがする不思議。


 その後もスープを少し飲んで、肉を齧っていると、汁が出て残ったモイルが転がっていた。

 何となくこいつ見覚えがあるな。

 そう思いながら口に運んでみると。


 それは間違いなく、この世界に来た初日に、大屋さんがおごってくれたおでんのような食べ物の丸い奴だ。


 あとで聞くと、あの食べ物はモイルの果汁だけで作るらしい。

 栄養が満点なのに、味も癖がなくってどんな味付けにも対応できるそうだ。

 この世界の食べ物……奥が深い。



「思ったより満腹になったな」

 荷馬車に暗殺者が特盛りで乗っているにも関わらず、俺たちはわりとのんきにしている。

 まぁ焦ったって仕方ないわけだし。


 そして言うが早いか、逃がした奴が戻ってきた。

「フッカのボスが会うそうだ。ついてきてくれ」


 どうせ俺には何もできないが、事の顛末を最後まで見届けたい。

 荷馬車を馬が引き始めると、俺たちはそれに続いたのだった。

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