第35話 暗殺者特盛で!

 フッカという町は、俺が最初に降り立ったツインタンの町よりも大きく賑わっている。

 ツインタンが町であれば、フッカは市といったところだろうか。

 商業が盛んで、まだ大きな町と町を結ぶ陸路の中心に位置するために栄えたそうだ。


 もちろんこんな賑やかな場所を見学したい気持ちはある。

 しかし、リンクスを一人置いていくのも、連れ回して人目に晒すのも憚られる。


 仕方なく宿屋のオバチャンに部屋まで食事を持ってきてもらい、俺たちはそのほとんどを部屋の中で過ごすことになった。


 宿のオバチャンがニヤニヤとした顔つきでご飯を持ってきた。

「お熱いこと……」

 って、なんで嬉しそうなんだ!

 男女がずぅーっと部屋にこもってやることってのは色々あるんだよ!


 俺はお盆を引ったくり、後ろ足で部屋の扉を閉めた。

 顔を上げると部屋の中にはもちろんリンクスがいる。

 いまはあの愛らしいチュニックドレスではなく、女性ものの俺が着ているような質素な麻の肌着。

 胸元はわりと空いているものの、セクシーな服ではないため、まぁまぁ問題なく過ごせている感じだ。


「もう食事の時間か」

 ベッドから腰を上げる際に前屈みになると結構ヤバイのだが。

 分かっていれば目線をそらす等で対処可能だ。


「それにしても、呑み込みが早くて驚いたよ」


 今日は朝からリンクスのヒールの魔法を教えて貰っていた。

 本来は役場へ登録をしなければならない。

 しかし魔法監理局も、届け出のない魔法を全て管理できているわけではないらしい。

 ただし、俺が回復の魔法を使っているのを誰かに見られ、密告されると相応の罰が待っているのだとか。


「私はもうヒーリング協会に義理立てすることもないが、ケンゴは気を付けて使うんだぞ」


 便利な魔法だが諸刃の剣ではある。

 登録さえしておけば監理局に怯えることはないが、代わりにヒーリング協会からは追われることになるだろう。

 かといって大っぴらに使えば公式にお尋ね者になってしまう。

 平凡に日常を送りたい俺としては、逃げ続ける生活なんか真っ平ごめんだ。


 それでも俺が回復魔法を習得したかった訳だが……。


 昨日の晩、明け方まで眠れなかった俺は、どうやったらリンクスを救うことができるのかと考えていて、ひとつの答えに行き当たった。


 回復を覚えた俺がエルフの村に行って疫病を治せば、リンクスが囚われることもなくなる。

 公式には彼女は亡くなったことになっているから、ほとぼりさえ冷めてしまえば、自由に生きることも可能なのではないかと。


 そのために少し危ない橋を渡るくらいなら、なんとでもなる気がしたからだ。


 もちろんその話はまだリンクスにはしていない。

 時と場所が来れば相談しようと考えているところだ。


 これが俺にできる最大限の方法のような気がする。



 それから2日遅れて、ダート達が町へと到着した。

 もっと難航するだろうと長期戦を覚悟していた割には早かったかなというところだ。


「で、ダートはいま何処に?」

 部屋に来たのはトーマスさん一人だけ。

 その表情から、事件があったわけではなさそうだが、なんだか申し訳なさそうな、妙な雰囲気を出している。


「とにかく、付いてきてくれや」


 付いていった先には、幌の少し焼け焦げた見覚えのある馬車。街道から少し外れた、街の入り口辺りで彼らは待っていた。


「いや、参ったよ、流石になんて言い訳すりゃぁ街に入れて貰えるやら」

 我らが兄貴、モヒカンのゴードンさんが到着早々愚痴ってきた。


「何かあったんですか?」

「まぁとりあえずこれを見てくれや」

 そう言うと、幌の後ろの布を開いた。


 中には荷物のようにぎっしりと人間が。

 あちこち怪我をしたり、所々焦げたりしていて、全員が縄と猿ぐつわで拘束されている。


「全部追っ手なんだぜ」

 多すぎだろ! 密入国者コンテナかよ!


「ああ、それとこいつら見覚えあるだろ?」

 ゴードンが指差す先には確かに見覚えのある顔。


「あの時の当たり屋じゃん」

 転生2日目にして遭遇した世知辛い2人組だ。

 結果、金を巻き上げた感じになってしまったが。


「こいつら、暗殺集団──漆黒の闇に雇われたチンピラどもだったぜ。ダートの野郎が締め上げたら簡単にゲロしやがったぜ、クックック」


 赤いモヒカンを揺らしながら笑うゴードンの方がだいぶ悪者に見えるが、暗殺集団と聞いてゾッとしないわけがない。


「この人たちどうするんですか?」

「そこなんだよなぁ……」

 俺の問いかけに、赤いモヒカンをしなだれさせながらゴードンが唸る。


「この人数だとあまりにも目立ちますし、こいつらを引き渡した先で、請け負った案件がリンクスの暗殺だと知られれば、彼女が生きていることが公になります」

 横合いからダートが出てきた。


 相変わらずフードを目深に被っており、顔は見えにくいが、口許だけでもあまり好ましくない状況だというのがわわかる。


「ここはいっそこいつらを人質にしたまま、漆黒の闇の本部に乗り込むか」

 わりと好戦的なトーマスがきっと冗談半分に言う。


「いやいやそんな……」

「それしかないでしょうね」

「ダートが乗った!?」


 暗殺集団だよ? 暗殺されるんだよ?

 しかもこっちはターゲットなんだけど!


 俺の心の叫びを理解して居るのか居ないのか、ダートは考えをまとめている様子。


「交渉は常に損得です、相手が何に損をして、何があれば得をするのか……」


 考えるダートに声をかけようとした俺の肩に、スキンヘッドのヘンリーさんが手を置く。

 そして左右に首を降った。

「ああなったダートは止まらねぇ」


「ただし、いつもうまく行く」

 ゴードンさんも力強くそういうので、ここは信用して待ってみることにするか。


「うまく行くことが多い……」

 トーマスさん!?

 心配になるような言い方しないでくださいよ!

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