第34話 まさかの人妻事件

 一足先にフッカの町へと到着した俺達。

 まずは俺とタマールさんだけが入り、リンクスの服を購入した。


「ありがとう助かったよ。このローブではどこからどう見ても協会員だからな」

 そう言うとリンクスはそのローブに火をつけて燃やしてしまった。

 彼女にとってのこのローブはかせのようなものだったのだろう、その横顔はいくぶん晴れやかに感じた。


 タマールさんの見立てで選んだ服は、白を基調としたオープンショルダーのチュニックドレス。

 腰の辺りをスカーフのような布で一段細く出来るものだった。

 そのせいか、ローブで判断できなかったリンクスの細い腰回りとたわわな胸が強調され、道行く男なら誰でも振り返ってしまいそうな美女が爆誕していた。

 服の上から見るだけで、彼女のスタイルを見抜き、似合うものを選べるというのは、単純に凄いと思う。


「タマールさんって服のセンス良いんだ……」

「バカにしているのかにゃ? 私も女子なのにゃ」

 先ほど流血事件を起こしたにも関わらず、爪をキラリと見せて威嚇してくるタマール。


「いつも制服姿だから、私服のセンスなんてわかりようもないじゃないですか」

「オフの日だったとしても、オートリなんかに私服を見せる機会はないのにゃ」


 ううっ。会話していると精神が削られてゆく……


「ありがとう、ベルル殿。こんな華やかな服装は私の結婚式以来だ!」

 お堅いイメージだったリンクスは相好を崩し、自分のスカートの裾を摘まんでは、回ってみたりしていた。


「ん? 自分の結婚式?」

 俺は聞き逃せない情報を、一瞬聞き逃しそうになって、慌てて聞き返した。


「ああ、20年ほど前にな、相手はエルフの森……パラスティン領の次期当主なのだ」


 バカな!

 ヒロインポジションのエルフでありながら、人妻だと!?

 しかも公爵令嬢というやつじゃねぇか!


 俺は膝から崩れ落ち、あからさまに落ち込んだ。


 正直に言おう。

 俺がリンクスを命懸けで守りさえすれば、彼女といい感じになれるのではないかと、心のどこかで思っていたのだ!


 そんな俺の肩に、ふわふわの肉球がポンと置かれる。

 見上げると、タマールさんが俺を見下ろし、満面の笑みを浮かべている。


「ざまぁにゃ」

「くっっそ!!!」



────夜になって。

 俺と同じ部屋で、リンクスが寝ている。


「どうしてこうなった」


 人妻が発覚したとはいえ、俺が寝込みを襲わないという確証はない筈なのだが。

 何故か俺達は隣り合わせのベッドで寝ている。


 タマールさんはというと。

「私は試験を受けにこっちに来ているのにゃ。会場の近くで宿を押さえてあるのにゃ」

 と、至極まともなことを言って一人で居なくなってしまった。


 元々俺達のとばっちりを受けただけなので、こちらからどうこういうわけにもいかない。


 そんなわけで、俺達で泊まる宿を探していたのだが。


「ケンゴ、こちらの部屋で構わないな」

 彼女が取ってきた部屋が、ベッドが二つある部屋だったというわけだ。


 以上回想終わり!


「どうしたケンゴ……寝れないのか?」

 透き通るような声が隣のベッドから聞こえる。

 この状況に身もだえしていたのが気になったのだろう。


「あ、いや。てっきり別の部屋で寝るものと思っていたので」

「どうしてだ? ケンゴは私の護衛だろう?」


 確かに守るとなれば近くに居た方が良いだろうが。

「いざとなっても俺は戦えませんよ」


 苦笑と共に返す他ない。

 実際戦っていたのはダートで、俺は緊張感の欠片もない地球人のままなんだから。


「それでも……居てくれるだけで心強いんだ」


「くっ!」

 ヒロインに言われたいランキングで、5本の指に入るのではないかという言葉を貰った俺はさらに身悶える。

 君が人妻ではなかったら!


「……早く旦那さんのところへ戻れるように、頑張りますよ」

 死んだ目で言葉を返しておく。


 しかし、聞こえるのはため息だった。

「帰りたく無いんですか?」

「半々……といったところだろうか」


 リンクスは寝転んだまま天井を見上げていたが、少しして口を開いた。


「領主というのはわがままなものでな、一目見て気に入ったと、私を息子の嫁にすると勝手に決めてしまったんだ」


 おや、雲行きが怪しくなったぞ?


「私は幼い頃から家族と引き離され、次期領主の妻である貴賓を養うために教育を施されたんだ」


「結婚する前から?」

「何度も逃げようとしたが、家族へ辛い仕打ちをすると脅されては従う他無かった……」


 過去の辛い日々を思い出して感情が高ぶったのか、最後の言葉は消え入るようだった。

 リンクスの言葉遣いはどこか堅苦しくって、彼女らしくないと感じていた訳が何となく分かった気がする。


「そんな時だ、病が流行りだしたのは」

「それでヒールの魔法を覚えに、協会に入ったんだったね」

 そこも強欲にまみれた魔窟だったわけだが。


「森で一番、魔法の才覚があった私は、領民を救うために志願したんだ。もちろんはじめは反対された。──しかし、領主の者が民の窮地を救ったという絵物語を聞かせるところっと態度を翻してな……まぁ世間体だけで生きている人種らしい考え方だ」


 嘲笑を含む言葉尻に、彼女は領主一族に良い感情を抱いていないのが理解できる。


「俺には、リンクスさんがそこに帰りたいと思っているようには聞こえないけど?」


「さぁどうだろうな、家族には会いたいし、病気に苦しんでいる仲間を救いたいとは思っているよ」


 その後はまた鳥籠に戻ってゆくのだろうか?

 そうは思えど、彼女の運命は彼女が選択するべきだと思い、口には出さなかった。


「さぁ、夜も更けた。蝋燭を消すぞ?」

「ああ」


 俺の返事を聞いてから、リンクスは上半身を起こして、ベッド脇の燭台へと手を伸ばす。

 息がこっちへ来ないよう、手で覆ってから吹き掛ける。


 光が消える直前の、運命に抗うことを諦めたような表情が、暗闇になった俺の目蓋に焼き付いた。

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