第31話 小瓶の中身
俺が取り出したのは、小さな小瓶。
ガラスで出来ていて、中に液体が入っている。
「なんだよそりゃぁ?」
炎の魔法使いが首を傾げるのを横目に、俺はその瓶の蓋を空けた。
その液体は無臭だが、俺はこれがどれだけ危険なものか知っている。
「離れてください!」
俺は叫び、ゴーレムの注意を引くと同時に、その間に他のストレンジャー達を下がらせる時間を稼いだ。
ゴーレムには学習能力があるのだろうか、先ほど俺にロケットのようなパンチを放って、効かなかったことを覚えているのか、今回は立ち上がって1歩、2歩と歩み寄ってくる。
「効かないさ」
俺は余裕だ。
この忌々しいステータスウィンドウは、不便だが頼りになる。
もちろん振りかぶって向かってきた大きな岩の塊は、ステータスウィンドウに阻まれ完全にその動きを止めた。
「近づいてくれてありがとな、これで外す心配は無くなったよ」
俺は余裕をもって小瓶の中身をぶちまけた。
半透明に青く輝く液体は、多少の粘り気を含みながらもゴーレムの体へとくっつくと、白い煙を上げ始める。
痛みを感じないのか、ゴーレムは戸惑う様子を見せるが、効果はすぐに現れ始める。
「ヒィッ、ゴーレムが溶けてやがる!」
俺の後ろで大の男が情けない声を出して一歩後ずさる。
実際ゴーレムは声を上げてこそいないが、破損した部位を取り込もうとしてもうまくいかないことに動揺しているようにも見えた。
「地面まで……」
ボタボタと溶解した体が地面に落ちると、その地面までメルトダウンさせて、ある程度の穴を
動揺しているストーンゴーレムは、その穴に足を取られて転倒してしまった。
その重さに地響きがする。
まぁこの転倒は俺が狙った効果ではないのだけど。
「今です、核を叩いてください!」
ここをチャンスとばかりに声を張り上げた。
溶解液で岩が剥がれ、仰向けになってしまった核は今だかつて無いほど無防備だ。
呆けていたモヒカンハンマー使いがハッと我に返り、引き絞った弓の様に飛び込んだ。
手に握られたハンマーは正確無比に、赤い核を捉えヒビを走らせてゆく。
パキッ、という小気味良い音を最後に、岩の塊は繋がりを失ってガラガラと崩れ落ちていった。
そこでようやく安堵のため息が方々から落とされ、危機が去ったのだと実感した。
しかし、彼らの興味はすぐに切り替わり、俺へと一斉に視線が注がれた。
ハンマーを担いだモヒカン男が、一歩前へ出て俺の顔をまじまじと見つめる。
「オートリ……だよなぁ?」
「はい、ゴードンさん」
モヒカンの彼はゴードン。
あの市民相談窓口で一番親身になってくれる、兄貴分のような存在だ。
「なんだあの、溶かす奴は。今まで見たことが無いんだが……」
「あっ、これですか?」
俺は背中のポーチから、もう一本瓶を取り出して、良く見えるようにと手を付き出した。
「おっ、おい! そんな物騒なもん振り回すなって!」
ゴードンの年齢は40を越えているだろう。
そんな良い大人が、小瓶ひとつに悲鳴を上げている。
「大丈夫ですよ、人体には不思議とあまり影響がないんです」
「そんな都合の良い薬なんてねぇだろ……」
俺はついに本日三回目のどや顔を決めた。
「それがあるんですよ」
俺は瓶を手に取ると、指をそっと入れる。
少しピリピリするが、長時間触っていなければ大丈夫だ。
それを地面にポタリと落とすと、一滴分の穴がジワーッと空いてゆく。
「これはスライムの体液を濃縮したものです」
俺が倒しに倒しまくったスライム。
剣で切ると剣が腐食し、うっかり尻で踏み潰してしまった場合は、ズボンに大穴を空けてしまう。
そんな生き物だというのは周知の事実だ。
「でも、そのお尻って無傷じゃなかったですか?」
皆も一度や二度そういう経験があったのだろうか、頭を縦に振って肯定した。
「それを20匹分、濃縮してこの瓶に入れてます。これ以上濃いと瓶まで溶かしちゃいそうなので」
俺が簡単に説明したが、いまいち
しかし、いちいちそれに構っていられるわけではない。
「タマールさんは、向こうの繁みに隠れて貰ってます、俺たちも移動しましょう!」
俺の声かけに、みんなの顔が曇る。
「それれは出来ねぇ」
「何故です?」
「トーマスの野郎がやられて、動かせる状況じゃねえんだ」
だからあの愚鈍なゴーレムからも、走って逃げるという選択肢を取らなかったのかと俺は納得した。
同時に俺の頭にある悩みがひとつ浮かんでしまった。
今すぐにリンクスを呼んでくれば、きっとトーマスは助かるだろう。
しかし、人の噂に戸が立てられるものなのか?
仲間とはいえ、良い感情でも噂は広がる。
あいつは命の恩人だとか、武勇伝のような広がりかたもありえる。
しかし、彼らの悲痛な顔。
そして彼らが社会信用度Bランクの人間であることに、俺の心は揺らいでいる。
「死んではダメだぞ!」
しかし俺が答えを出す前に、リンクスの声が静寂を切り裂く。
声の方を見ると、トーマスを緑色の淡い光が包み込み、照らされたリンクスの美しい顔の造形が浮かび上がっていた。
「リンクスさん、どうして!」
俺が駆け寄った頃には治療は終わったらしく、リンクスは座ったままこちらに振り向いた。
「すまない、隠し通してくれるつもりだったかもしれないが……体が勝手に動いてしまった」
その切な気な表情に俺は返す言葉も選べずに、静かに頭を横に振った。
「しかし、寝ているものだと思っていましたよ」
彼女の罪悪感を和らげるために、無駄口を叩く。
「いや、君が戻ってきた時にはうっすら目が覚めていたんだ」
リンクスもこの場でこれからの事を話し合うのにためらったのか、話題に乗ってきた。
しかし、こちらに倒れ込んだときには起きてたってことは……立ち上がるとき、地面に結構ガツンといった気がするんだが?
「起きていたなら、寝た振りなんかしなくても」
知ってたら普通に声をかけたのに。
しかし、リンクスは顔を赤らめながらモゾモゾと何かを呟いた。
「と……殿方の太ももに顔を埋めるなど、始めての経験で……ごにょごにょ」
「えっと、声が小さすぎて……」
俺が聞き返そうとした瞬間、後ろから盛大にどつかれた。
「ありがとうよ、オートリの兄ちゃん!」
みんなの兄貴、ゴードンさんが目頭に涙を湛えて大声でわめく。
他のメンバーに抱き抱えられてトーマスが立ち上がると、ゴードンは彼を抱き締めにいった。
ゴードンさんにとっては逆に、皆が弟のようなものだろう。
こうして俺たちはストーンゴーレムを倒し、危険が無いことを確認すると、タマールさんと合流したのだった。
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