第29話 硬いモノが当たって……

 俺たちは暗殺者を先頭に立たせて、洞窟を抜ける。

 今回は俺の地図を使わない。

 前の三人は最短ルートを覚えてるらしいので、それについて行くだけで良いからだ。


 ダートいわく、手札は見せないに越したことない。

 まぁその通りか。



 疲労はあったが、一昼夜歩き続けて出口へと到着した。


「結局ここの遺跡はたいして敵害生物居ないんだな」

 そんなことを呟くと、ダートがため息をついた。


「あの三人のねぐらみたいなものでしょう、で道を覚えてるくらいだし」


 それで、中にいた雑魚はすでに蹴散らしていたってことね。


「さて、俺はひとっ走り行って、こいつらが報酬を貰った所を確認するから、ケンゴさんとリンクスさんは先に行ってください」


「えっ、二人だけで?」

「俺もすぐに追い付きます……といっても、もうすぐ日が暮れるので、明日の受け取りの後に必要なものを買いそろえて出たとして、1日遅れになりますけど」


 ぶっちゃけ心細いんだが。


「大丈夫です、リンクスさんへの追ってはまずかかりません、むしろその追手がこれから協会へ嘘の報告をしにいくんですから」


「まぁそりゃぁそうだけどよ……」

「せいぜい、スライムを踏まないように気を付けてくださいね」


 それだけ言うとダートは馬の手綱を引き、山の反対側へと降りていった。

 続いて刺客達も降りて行く。


 ちなみに滝に打たれた彼らは、体に塗っていた絵の具が溶けて、普通の人間に戻った。

 バンデットはメイクだったのか。



「あの、行こう……か?」

 リンクスがおずおずと話しかけてくる。


「あっ、そう、ですね」

 俺は茜色に染まった空を見ながら思案する。


「でも、暗くなって山を降りるのは危険じゃないですか?」

 その問いにリンクスは、馬の背を軽く撫でながら答える。


「この子だったら、麓まで行けるはずだ。そこで夜営しよう」

「リンクスさんは馬に乗れるんですね!」

「エルフであれば幼少期から馬の鍛練は欠かさないんだ」


 緊張からか、また少し固い口調に戻っているリンクスだったが、以前までの不安の表情から、自分の里へ戻れる希望が満ち溢れていた。

 そして、あぶみに足をかけると、ひょいとまたがった。


「こうしている内にも日が沈む、オオトリさんも乗ってくれ」

「ケンゴで良いよ……よいしょっと!」


 リンクスの真似をして一気に上がろうとするがうまく行かない。

 引っ張りあげるために伸ばしてくれた手を掴んで、ようやくよじ登った。


「では、振り落とされないようしっかり捕まってくれ」

 リンクスも落日を気にしているのか、俺の準備を待たずに馬を歩かせ始めた。


「うわっと、ちょちょちょ!」

 俺は慌ててリンクスの腰に手を回す。


 ゆったりとしたローブで分からなかったが、その腰はかなり細い。

 それなのに、柔らかくて……女の子っていう感じだ。


 感触に浸っていると、すぐに馬が加速を始めた。

 体が激しく上下に揺れる。


 華奢な女の子の腰を力強く抱き締めるのに気が引けていた俺の手は、呆気なくそのスリムボディを上下してしまった。


 ぽよん。


 その腕がかなりの質量をもった柔らかい物に当たって、俺は一瞬でそれがなんなのか理解した。

 さらに俺の腕はソレを持ち上げるようにググッっと上がったため、その何かの手応えを敏感に感じ取った!


「あの……」

 リンクスがおずおずと何かを言いたそうにしている。


「うわっ! ご、ごめんなさい!」


「とりあえず、腰をもっと強く掴んでてくれ、振り落としそうでこっちが怖い」


 乳を触ってしまったことを怒っているわけではなさそうだ。

 しかし、まだ何か言いたそうなリンクス。


「あと、なんだろうか、良く分からないんだが……固いものが当たっていて、どうにも動きづらい……」


 固いもの?


「うわ! ご、ごめんなさい」


 一瞬想像したものではなく。

 密着したことで、ステータスウィンドウがリンクスの後頭部をグイグイ押していたようだ。

 よく見ると、苦しげに頭を下げながら騎乗している。


 俺は横を向いてウィンドウを逸らした。


「はぁ……今の固いモノは何だったんだ?」


「あはは、ごめん、何でもないよ」

 なんか変な妄想してごめんなさい。


 俺は首を90度横に向けたまま、リンクスの腰に手を回して、暗くなりつつある山道をかけ降りるのだった。



 山の麓まで降りる頃になると、日は落ちて一番星が見えるようになった。


「この先へ行くと、夜営できる場所がありますから、今日はそこで休ませて貰いましょう」


 リンクスの話では、そこには比較的綺麗な川が流れていて、開けた場所になっているらしい。

 水を補給しながら、竈で火を焚いても安心な場所は夜営がしやすい

 先輩方が作った石竈等を再利用できるため、必然的に同じ場所が夜営地に選ばれることが多いらしい。


「とはいえ、リンクスさんはここには居ない筈の人間ですからね、少し離れた場所で休みましょう」

「そうだな」

 リンクスの了承を得たことで、水の確保や、煮炊きのために竈を借りて調理するのは俺の役目になった。

 まぁ実際のところ煮物であれば魔法で作れるのだが、焼き物となると火が必要だ。


 で、何を焼くかというと……。


「オペレートウォーター、水玉!」


 川の水の一部を水の玉にして岸へと上げる。

 そこで魔法を解除すると、魚が岩場に打ち上がるという寸法だ。


「楽チン楽チン♪」

 その辺の棒を魚に突き刺して、竈で焼く。

 遠赤外線で強火の遠火!

 じっくり20分ほどかけて火を通すのだ。


 どうせこの世界は夜にやることはない。

 ゆっくりと星を眺めながら、たまに魚をひっくり返す。


 静かにしていると、少し離れた場所から他の旅行者の声がする。

 下品な笑い声で酒を飲み交わす集団。

 あれはきっと盗賊か何かだろう。

 かかわり合いにならない方が懸命だ。


「あーやだやだ。この世界どこでもああいう輩がわいてて」

 俺はそいつらに見つからないようにこそこそと焼けた魚を持ち帰る。



「リンクスさんお待たせしました」

 俺が戻ると、リンクスは荷物にもたれ掛かって寝息を立てていた。

 流石に待たせ過ぎたのかもしれない。

 そうでなくとも、暗闇の中で10日前後不安な思いをしたのだ。

 助けられたと思ったら寝ずに24時間歩き続けて出口まで移動したんだから、疲れていない訳がないよな。


 お腹になにか入れておかないととも思うが、起こすのも何だか忍びない。


 俺は大きめの葉っぱを皿代わりにして焼き魚を置くと、リンクスの隣に座った。


 寝息だけが聞こえる。

 月明かりにぼんやりと写し出される、白くて美しい横顔を見ていると……

 あの、細い腰とたわわな胸を思い出す。


 ごめんなさい男の子なんです!


「いかんいかん! こんな夜中に何を考えてるんだ」


 俺が立ち上がろうとしたのを察したのか、リンクスが体勢を変えようとしてこっちに倒れてくる。

 ソレを支えようと振り向きかけたが、危うくステータスウィンドウをぶち当てそうになって、慌てて止めた。

 受け止められなかった体はそのまま横になるように俺の体とウィンドウの間を滑り……俺の膝に頭が乗る形に。


「!?」


 単なる膝枕ではない。

 その頭は下を向いており、息をする度太ももに暖かい空気が当たる。


 むずむずする!

 ええぃ、静まれ! 静まれぇい!


 とは敢えて言わないが。

 ここで俺の理性が負けたら、大事件が起こるっ!



「きゃぁぁあああ!!」


 その時、俺の耳に別の事件の悲鳴が聞こえてくるのだった。

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