第28話 容赦無し

 危険を知らせるダートの叫びに、とっさに反応したリンクスはしゃがんだ。


「えっ?」

 などと言うのに一生懸命だった俺だけ反応が遅れてしまう。


 カキィン!


 甲高い音と共に、俺のステータス画面に当たった投げナイフが2本、地面へ転げ落ちる。


「障壁か!」

 俺たちではない悔しげな声が耳に入った瞬間、ダートは飛び出していた。

 彼が懐から何かを取り出して地面に投げつけた途端、目映い光が辺りを包む。


「目が……グワッ!」

 閃光で俺の目も眩んでおり、声だけが聞こえる。


「クソッ! 見えな……ガフッ!」

 どうやらこの状況の中ダートだけが素早く動き、敵を殲滅しているようだ。

 俺なんかまだ敵の姿すら見てないんだけど……


「撤退しろっ……ガハァ!」


 その言葉を最後に、人の動く気配が落ち着き、ちょっとした呻き声だけが聞こえる。


「いつまで目をつぶってるんです?」

 ダートの声に、恐る恐る目を開けると、流石に目が暗闇に慣れていた。

 松明の明かりに照らされたのは、あのバンデットモドキ。

 三人とも地面に転がっている。

 足の腱を切られたのか、呻くだけで立ち上がれそうにない。


「さて……何故この女を狙った?」

 久しぶりにドスの聞いた声でダートが問う。


「はっ、そんな事を問われて答える筈が……」

 瞬間、ダートはその男を滝壺に蹴り落とした!


 悲痛な叫び声が、水の轟音に消えて行く様を、その場の全員が真っ青になって聞いていた。

 情け容赦無さすぎだろ!


「同じ質問を何度もさせるなよ?」

 ダートだけが次に転がる男に近づき、話しかける。

 男はガタガタと震えて居たが、やはり口を割るつもりはないらしい。


「お前らがヒーリング協会の人間だってのは判ってんだよ。ただ、仲間である筈のこの女の命を狙った理由を知りたいだけだ」


 依頼主が割れていると知って明らかに動揺する男たち。

 それを勝機と見たのか、さらに畳み掛ける。


「今まで、何人のヒーラーを暗殺したんだ!?」


 男の体を蹴りあげ、淵の近くまで転がす。

 痛みと恐怖で顔がひきつる。


「やってねぇ! 俺たちはこの仕事が初めてだ!」

 もう一人が仲間をかばって叫び始める。


「そうか、仕事を引き受けたことは否定しないんだな?」

「ばか野郎がッ……」


 蹴られた男が小さく呻くが、その顔を蹴りあげて黙らせるダート。

「どんな命令だったか、もののついでに教えてくれたら、このまま逃がしてやっても良いぜ」


 もう、完全に悪役の台詞なんだが。


「殺されても言うんじゃねぇぞ、言っても言わねぇでもどうせこいつら俺たちを殺すつもりだ!」

 蹴られながらも、先輩風の男はもう一人に対して口止めをする。


「さぁそれはどうかな?」

 ニヤリと口の端を歪めて、フードの下で笑うダート。


「このお姉ちゃんの身元の安全さえ守られれば、俺たちはお前らを殺す義理はねぇ」


「どういう意味だ」


「お前達が誰に何を頼まれたのかを吐いて、その上でこちらの提案に乗ってくれるなら、むしろこっちも助かるってもんだ」


 命を天秤にかけた取引を持ちかけるダートに先輩風の男は生唾を飲む。


「ヒーリング協会には、この姉ちゃんが滝壺に落ちたのは間違いないと報告するんだ。もちろん報酬も貰って良い。もちろん生きていることは他言無用だ……その確約の代わりに、依頼の内容を教えて貰うのが条件だけどな」


 男はしばし唸った。


「まぁ俺はここでお前達の口封じが出来れば、それはそれで有利に運ぶ算段はあるんだが」

 考える時間を与えるつもりはない様子で、ダートは男を崖の方に足でグイグイ押す。


「やっ! やめ……」

「やめてくれ、俺が話す!」


 結局気の弱そうな一番若い男が泣き叫んだ。

 ダートは始めからあの男を狙って話してたんだなってのはわかる。


「協会に、リンクス・スプリングフィールドを消せと頼まれたんだ……事故に見せかけて、調査の手も届かないような所でって」


「だろうな」


 ダートは当然知っていたとばかりに相づちを打つ。

 その確証を得たかったというのが本音で、彼のなかではほぼ確定事項だったのだろう。


「今の発言は、俺の魔法で記録させて貰った。知っているだろ、ヒアーリードの魔法がどれだけ信用度の高いものかを」


 先輩は辛うじて動く頭で、地面に頭突きしながら悶える。

「クソッ、これで俺たちは破滅だッ!」

「死んだら元も子もないから……」


 ダートは簡単に人を殺せる人間なんだと思わせたことで、精神的に追い詰められたのだろう。

 結局全てを話してしまった。


「さぁ君たちには五体満足で、彼女が死んだと報告しに行って貰わなくちゃいけないからね……リンクスさん、ヒールをお願いして良いかな?」


 ここで急に話を振られたリンクスではあったが、元来彼女の得意分野でもあるわけで。

 急いで二人に駆け寄ると、すぐにヒールをかけ始める。


「お前達が殺そうとしていた人間に感謝しろよ、ククク」


「ダートって本当に容赦ないな、仲間で良かったよ」


「ちょっと、人聞き悪いですね。俺はそんな極悪非道ではないですよ」

 心外だと言わんばかりに頬を膨らませて抗議してくる。

 子供か!


「いや良く言うよ、初っぱな一人蹴落としておいて」

「あ、そういやソレ忘れてましたね」


「いや、忘れてたんかいっ!」


 ダートはおもむろに淵の方に向くと、魔法の印を結んだ。

「それは水流操作?」


 俺がその魔法を看破した瞬間、滝壺から水がせり上がり、さっき蹴落とした男が打ち上がってきた。


「この人も治療お願いします。あ、治療費はリンクスさんの殺害成功報酬から天引きして、旅の資金に充てましょう」

 こっちへ向いたダートは、いたずらが成功した子供みたいにニカッと笑うのだった。



「……いや、ちゃっかりしてんなぁ」

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