第26話 アホばっかりですか!
ダートはイライラしていた。
フードを目深に被り、腕を組んで、足をガタガタ言わせるほど貧乏ゆすりを続けている。
もう16ビートを刻んでいると言っても過言ではないほど激しくだ。
「いつまで待たせやがる!」
受付で、リンクスの行方不明の報を伝え、応接室で待てと言われた俺たちだが、既に3時間ほど経過している。
「死体を捜索しているか、バンデットモドキの報告を待っているのか……」
「そういうのは判ってるんですよ。だとしても俺たちを待たせる意味は判んないでしょうが」
めちゃくちゃお怒りである。
確かに、俺たちを待たせたからといって、その内容が変わるわけではない。
では何故俺たちを待たせているのか……
「万が一隠れているリンクスが見つかった場合、俺たちが虚偽の報告をした事になるから、一緒にシメようって腹なんじゃないか?」
俺の意見は的を得ていたと思う。
「そんなの判ってますよ!」
やっぱりそうなんだ。
「万が一リンクスさんが見つかったとしても、あの場所で即殺されるでしょうね、そのためにあそこに追いやったんだから」
「げ、だったら俺たちもヤバくないか?」
俺が狼狽え始めると、ダートはさらに機嫌を悪くした。
「はぁ、だから……ケンゴさんも協会の奴らも頭が悪くて腹が立ってるんですよ!」
いま一緒くたにバカにされた!?
「良いですか、俺たちはあの穴に落ちた瞬間水の魔法で助かったんです。横穴にでも逃げ込んだ事にしましょうか。その時俺たちが運んでいた食料なんかは、リンクスさんと一緒に滝壺の方へ落ちていきました。だからその後の顛末は俺たちも知らない訳です」
「でも、俺たちが居た証拠は残ってるんじゃないか?」
「証拠を見付けることの出来るスカウトなら、証拠を消すことも出来るって考えませんか、普通」
すまん、俺のもとの世界の普通ではないんだよ。
「南の地域は温厚な場所だったからなぁ、こっちに来てダートには色々な事を教えて貰ってありがたいよ」
リンクスの身を案じているのが、彼のイライラの大きな理由のひとつだと判っているから、多少当たられても気にならない。
環境の良い場所に置き去りにして居るわけでもないし。
奴等が滝壺まで降りていけば見つかる可能性はかなり高いだろう。
自分達に害は及ばないと口では言ってても、リンクスへの心配は拭えないのだろう。
口は悪いが優しい奴だ。
「クソっ、どいつもこいつもアホばっかりだ!」
優しい……。
その時待合室のドアが無遠慮に開かれた。
その奥からは、リンクスの緑色のローブに似た服装の男が、待ち人を気にするでもないゆったりとした動きで入ってくる。
「君たちかい、リンクス・スプリングホップの死を看取ったという若者は」
酷く緩慢に言葉を紡いだことで、ダートの血管が切れそうになっているのを感じる。
彼はかなりせっかちだからなぁ。
「正確には、助けられなかった、ですね。自分達の事で精一杯でしたし」
ダートが責任の区分をはっきりさせると。
「その件は聞いている、そうか、残念だったな」
仲間が死んだ筈なのに、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、小太りな男は返してくる。
俺も結構ムカついてきたんだけど。
「捜索隊は出るのか? 俺たちの荷物も一緒に落ちたんだが」
俺がさも恨めしそうにそう言うと、小太りは頭を横に振った。
「あの滝壺じゃ助からんだろう。捜索するだけ無駄だ」
俺は心の中でガッツポーズをした。
どうやら捜索隊は出ていないらしい。
「先程使いを走らせて、同行していた調査隊に話を聞いたが、お前らの話と大方一致していたからな」
やはり、ダートの言った通り、合流して話を合わせておいて良かったようだ。
ここまであの段階で読んでいたとすると、やはりダートは頭が切れる。
「では俺たちは無罪放免ということですね」
ダートが立ち上がる。
「ああ、帰って貰って結構だよ」
その言いぐさに、ふてぶてしい顔にパンチを食らわせれるなら今そうしたいと思ったが。
演技を崩さず、いかにも商人風の手揉みをしながら小太りを見る。
「それで、ポーターと商品の代金を……」
まぁ、帰ってくる答えは大体予想出来てるんだが。
「なんだと? 協会の大事な人員をみすみす死なせておいて、成功報酬を受け取るつもりか?」
ですよねぇー。
「判りましたー、今後ともご贔屓にぃー」
へこへこ頭を下げながら部屋を出て。
受付を出て。
めちゃくちゃ儲けているのを隠しもしない、くっそ豪華な玄関を出たところで、俺たち二人は走った。
一心不乱に。
そして協会が豆粒ほどになったところで、どちらからともなく叫ぶ。
「あのクッソ守銭奴どもがぁ!」
「いつか絶対あの顔にパンチ食らわせてやる!」
やっぱりダートも同じことを考えていたようだ。
ひとしきり叫んだ事で、とりあえず落ち着いた二人は、息を整えながらお互いに目を合わせる。
ダートの茶色の眼光は鋭かったが、視線を交わした瞬間に、柔和なものに変わった。
「ハハッ」
そしてひとつ高く笑う。
「あそこまでムカつくと、逆に清々しいですよ」
「だな」
「いつか、アイツの顔ボコボコにしちゃいましょう」
「だな」
そう答えながら、リンクスの顔が頭をよぎる。
「とにかく、リンクスさんを助けに行こう」
「判ってますよ、まずは俺の家に寄って準備を整えましょう」
そうか、山登りの半日、正規ルートで1週間の道程だ。
改めて準備をしないと助けにすら行けないのか。
そ考える俺の顔を見てダートがニヤリと笑う。
「俺を誰だと思ってるんですか?」
「どういう意味だ?」
「こんなこともあろうかと、予備の食材何かは用意してますよ」
「ダート先輩マジ神!」
あまりの手回しの良さに感激した俺は、ダートに抱きついた。
この展開を出発前から予測するなんて、スゴすぎるだろ!
頭ひとつぶん身長の低いダートに、ウィンドウが当たらないように、少し上を向いて包容するあたり、随分とこの状況に慣れてきつつある。
別に慣れたくはないんだけどね。
抱きつかれたダートは、遠洋漁業で取れた冷凍マグロみたいに、ピーンと直立して固まっていたかと思うと。
「ぎゃぁぁああああ!」
次の瞬間爆発するように叫んで、俺の顔にフックをいれる。
俺はキリモミしながら吹っ飛び、近くの花壇に頭から突っ込んだ!
残念ながら俺のウィンドウは横からの打撃に弱い!
側面がら空きなのだ。
「お、俺は他人に体を触られるのがっ! 苦手なんだぁっ!」
妙に甲高い声で叫ぶダートにとにかくスマンとしか。
俺の世界にも潔癖は居たし、そういう性質の方を守る社会が形成されていたわけで。
俺は痛みを堪えながら、静かに土下座をして許しを請いた。
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