第24話 魔法の制限

 この滝壺は、俺達がいる窪みと反対側に向かって水が勢い良く流れていっている。

 水量はすさまじく25mプールなどものの数分でいっぱいにしてしまうだろう。

 この濁流に呑まれればひとたまりもない。

 普通の生き物であればこれを遡ってくることはまずないだろう。


「となると、敵性生物から襲撃されるなんて事はまず考えなくて良いわけだ」

 俺のまとめに、ダートは頷きながら作業を進める。


「とは言え、ずっと水しぶきが当たっていれば体力も削られますからね」

 その辺の岩などを積み上げて、横穴の入り口を塞いでいく。


 奥はそう広くなく、四畳半程度の空間になっていて、増水期に水で抉られたからか、岩肌はツルツルと角がないため、それなりに快適そうだ。


「リンクスさん、しばらく辛抱してくれよ」

 俺はむしろここに一人残すリンクスが心配だったが、希望を見いだしたことで、彼女の顔は幾分晴れやかであった。


「はい、お二人も無理をなさらぬよう」


 作業が終って短い別れを済ます。

 リンクスの堅苦しい言葉遣いも、笑顔と共に少しは和らいだように感じる。


「じゃぁ、行ってきます」

「必ず戻ってくるからね」

 ダートは挨拶を済ますと魔法の印を結び始め、すぐに足元の水を上向きに噴き上げた。

 それに乗って、体がぐんぐん上昇して行く。


「うわぁ、あんな使い方するのか」

 魔法の発動は分かっても、応用が効くのはやはり実践で鍛えた彼の方が上手だ。


 俺はウィンドウの魔法の欄から、水流操作・上方を選んで一筆書した。


 すると、先ほどのダートと同じように体が持ち上げられ、あっという間に上って行き、元居た階層まで到達した。


「あれから半日は経っていますし、やはり彼らはもう居ませんね」

 先に登ったダートが辺りを注意深く探りながら教えてくれる。


「帰ったのか? 進んだのか?」

 俺が呟くと同時に、ダートはしゃがんで地面の足跡を見はじめた。


「あの3匹のバンデットもどきは、俺達を突き落としたあとすぐに消えてますね」

「凄いな、そんなことも分かるんだ!」

「スカウトの基本ですよ」


 ダートの役割は斥候せっこう

 その場の情報を集めて、パーティーを危険から遠ざける役割だ。


「マッパー達は帰ったようです。まぁ回復役も死んでしまっては、この先には不安しかないでしょうし」


「じゃぁ俺達も帰ろうか」

 一度帰って、リンクスが死んだことを報告しなければならない。

 待たせている彼女も心細い思いをするだろう。

 気持ちだけが焦る。


「簡単に言いますけど、俺はマッピングできませんし、地図も無いんですからね? 足跡を辿るのも簡単ではないんですよ」

 完全に尊敬の念は無くなってしまったようだ。

 ここはひとつ挽回ばんかいしておくか。


「ふふふ、今まで隠していたんだが、俺は地図を見る能力があるんだ!」

 俺はどうだとばかりに胸を張って、腰に手を当てて宣言する。


 しかしダートの反応はいまいちだ。


「そうなんだろうなって思いましたよ」

「なんだよ! 知ってたのかよ」

「いえ、予想はしていました──ただ貴重な魔法なのに勿体ない使い方をするなぁと」


 彼の言葉に少し思い出したことがある。

 始めて役場を訪れたとき……相談窓口じゃない綺麗な方ね。

 住所を確認している俺の魔法を「物忘れの魔法ですか、貴重な魔法をそんなことに使う人初めて見ました」と言われたのだった。


「その、貴重な魔法ってのはどういう意味だ?」

「何が分からないのかが分かりません」

 完全にあきれ顔をしてやがる。

 フードに顔が殆ど隠れてても、だいたい分かるようになってきたんだぞ?


「なんで貴重なんだ? 魔法なんて金を稼ぎさえすればいくらでも習得し放題だろ」


 その当然の疑問に対してダートの口元はひくひくと痙攣けいれんしている。

 ありゃ、なんかマズいこと言ったのか?


「……いや、これは俺のミスですね。魔法の事をなにも知らないのは前提だったはずなのに、当たり前の事過ぎて教えてなかったのが悪いんですから」


 ダートはフゥとため息をひとつ落とすと、俺に分かりやすく教えてくれるようだ。


「この国には魔法管理局という場所があります。そこで個人が持っている魔法を管理しているんです」


「えっ何で?」


「魔法を犯罪に使う者、もしくは使われてしまうような魔法を取り締まるためです」


 どんな魔法でも人智を越えている以上、犯罪に使おうと思えば使えそうなんだが……

 そんな俺の表情を汲み取ったのか、ダートが続ける。


「納得がいっていないようですが……体を透明にする魔法があったら何に使います?」


「そりゃぁ、万引きやお店のお金を盗んだり……女風呂を覗いた──」

 俺の言葉を聞き終わる前に、ダートの手から細長い刃物が投げ出され、俺のマントの裾を奥の壁に縫い付ける。


「そう、そうやって殆どの者がその魔法を犯罪に利用しようとしますよね」


 ダートは平然と話を続けているが、俺は冷や汗を禁じ得ない。

 明らかな敵意を感じる。


「そういう魔法に関しては、持っている者が他の人間に教えないように管理しているわけです。万が一こっそり教えたものがその魔法で犯罪を犯した場合、連帯責任で教えた者も処罰されるようになっています」


「それは迂闊うかつに教えられないな……」

 俺が唸っていると、ダートは心配そうに俺を見つめてくる。


「あ、いや。俺は水の魔法で犯罪を犯すつもりはないからな!?」

 俺は慌てて両手を前に出して否定する。


「透明魔法で迷いもなく女風呂を想像する方には、説得力がないですね」


 ぐうの音も出ません。

 少し話題の方向性を変えねば。


「ところで、なぜ俺が地図の魔法を持っていると思ったんだ?」


 その質問にダートはニヤリと口を歪める。


「スカウトの洞察力をなめちゃいけませんよ」

 俺が地図が見れると言ったときより、むしろ彼の方が自信満々だ。


「ケンゴさんはここに来る間チラチラと目線を変えていましたけど、その目を見れば焦点がどの辺りにあるのかなんてすぐに分かりますよ」


「こりゃ完敗だぜ!」

 俺はわざと両手をあげて参ったポーズをした。

 ぶっちゃけこれは魔法とは違うのだけど、それを説明するなら神様の話までしなくてはならない。


「しかし、地図の魔法とは……そんなもの何処で仕入れてきたんです? また借金ですか?」


 そういえばマッパーという職業がいて、かなりの努力が必要だと聞いたばかりだ。

 地図の魔法が安価であれば誰もそんなスキルを身に付けるものはいないだろう。


「これは……その……えっと」

 ああっ! 出てこない、良い言い訳が出てこない!


 良い年をしたおっさんが悶え苦しむ姿に、流石に同情したのか、ダートが話を打ち切る。

「まぁ良いです、こういう場所に入るときしか使わない魔法にいくら出したかは知りませんけど、破産して犯罪さえ犯さないでくれれば俺は気にしませんから」


 何か距離感じちゃう!

 ごめん、適当な嘘ついて収集つかなくなっちゃっただけなんだよぉ!


「で、他に内緒で魔法とか覚えてませんよね?」

「ああ、一応これだけだよ」

「覚える個数に限度があるんですから、しばらくは魔法を買う前に俺に相談してください!」


 ん? 今何か大事なことを聞いた気がするぞ。


「覚える個数に限度がある?」

「市民ランク毎に決められていて、Fランクで1個Eで2個……最大でも6個が基本ですね、知りませんでした?」



「早よぉ言えやぁ! 危うく扇風機代わりに、薪に風を送る魔法を習得するところだ!」


 その叫びは洞窟に反響し、無駄に山びこを発生させるのだった。

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