第22話 奇襲

 何事もない。

 7日もそうであれば、これからもそうであると錯覚してしまいそうになる。

 しかしそうもうまく行かないのが世の常。


 先に結論を言えば、ダートの不安は的中した──。



 洞窟を進んでいると、天井に穴の空いた場所に出た。

 どうやら地下水脈の途中らしく、その穴から大量の水が滝になって流れ落ちていた。

 その水が地面を抉り、更に下の階層へと穴を開け……何千年と繰り返され、今や滝壺の音はかなり下方で微かにするだけの縦穴が出来上がっていた。


「深いな、落ちたら一貫の終わりだぜ」

 前を進む護衛は、そう言いながらも滝に手を伸ばし、それから水を汲んでいる。

 日々危険と隣り合わせの仕事をしているから、怖いと感じる心が麻痺しているのだろうか。


 とはいえその水は、他の水溜まりよりはかなり衛生的に安全だろう。

 もちろん、鉱脈から染み出している有毒な金属などもあるかもしれないが、それを差し引いても飲める水は貴重だ。


 彼らはその水を使って久し振りに体を拭いたり、煮炊きなどをしている。

 俺たちも水には困っていないものの、ふんだんに使えるかと言えばそうではなかったため、同じように恩恵に預かることにした。


「体を拭いている間に、今着てるものを預かって良いか?」

 ダートが奇妙なことを言い出した訳だが、この一週間という時間は、リンクスが彼を信じるに値するだけの長さがあった。


「どうするのですか?」

 相変わらず敬語を崩さないリンクスではあったが、その声色には不安の色は見えない。


「不衛生な服を着ていると、怪我の悪化や病気に繋がりやすいからな、少し洗っておくんだ。幸い水ならたくさんあるしな」

 ダートは、岩影で体を拭くリンクスの側まで遠慮なく近寄ると、脱いだ服を取り上げる。

 現代日本だとあんなことを異性がしようものなら警察沙汰だが……まぁ価値観の違いということだろうか。


 ダートは水に浸した洋服をこねるように岩に押し付けると、また水に浸す、それを繰り返して洋服についた皮脂や汚れを落としているのだろう。


「しかし、乾くのを待つ暇はないだろ、湿気たまま着るのか?」

 まぁお兄さんとしてはリンクスのような美女の、濡れてぴったりと張り付いた洋服に興味がないわけではないが……


 一瞬の妄想を察知したかのようにダートはため息をつく。

「水気を抜く魔法で乾くでしょうが」

「あ、その手があったか」

 その発想はなかったわー。


 自分で考案しといて、全く理解が及ばなかった。


「それじゃ、リンクスさん終わったら俺が体を拭きに行くから、俺の洋服も洗ってくれないか?」


「……それは遠慮します」

「えっなんで?」

「自分で出来るでしょうが」

「代わりにダートの服は俺が洗うからさ」

「それはもっとお断りします!」


 何故か全力拒否される俺。

 なんだよぉ、いっそ男同士背中の流しっこしても俺は構わないんだぜ?


 とはいえ潔癖性とか、他人に触れるのが苦手な人間も割と居るわけで。

 仕方なく俺はパンツ一丁で洗濯をする羽目になった。


 まぁいいけどね、護衛の人なんかもパンイチで水浴びしてるしさ。



 と、束の間の入浴タイムを終えて、いざ進もうとした頃だった。


「チッ。長居しすぎたか」

 護衛のパーティーの一人が舌打ちをした瞬間に、凍りつくような緊張感が辺りを包んだ。


「敵……なんですか?」

「俺たちに居心地が良いように、野生動物にとっても居心地の良い空間ってこった」

 俺の分かりきった質問に、苦笑を交えながら護衛隊が答え、同時に手で下がれと指示してくる。


 そう、俺はスライムのような安全なモンスターの退治しかしたことはない。

 そして守るべきはリンクス。


 俺は素直に下がって、ダートと共にリンクスを挟む。

「大丈夫なのか?」

 リンクスが心配そうに呟くが、既に戦いは始まっている。


 剣士が前に出ると、片手のカイトシールドで、敵の攻撃を阻む。

 その瞬間暗がりから飛び出してきた四足歩行の生き物を視界に捉えることが出来た。

 人間のような見た目ではあるが、頭の毛は無く、大きく見開いた目が印象的だ。

 体表は少し緑がかっていて、それが人間ではない事を明確に表している。


「あれはバンデット!」

 ダートはその生き物を知ってるようだ。


「こういう死体置き場や墓場に現れるモンスターで、人間の体に悪霊が取り憑いたモンスターと言われているんだ」


「体が緑色をして居るのは、その悪霊が地属性でありその影響を受けているからです」

 リンクスまでが俺に補足説明してくれるところを見ると、割とポピュラーな敵なのかもしれない。


 俺が南の島から来たという設定を理解した上で情報をくれているのか。

 もちろん、敵を知れば百戦危うからず、とそういう意味もあるのだろうが。


「ただし知能は低いので、連携や騙し討ち等は無いので、数さえ多くなければ、護衛の方々で何とかなると思いますよ」

 ダートが俺を安心させようと追加情報をくれるが。


「じゃぁこいつは?」

 俺の視界には、俺たちの後ろから忍び寄る3匹のバンデット。


 その言葉を聞くやいなや、ダートは短剣を取り出して斬りかかった。

 その反応速度は、この世界で生き抜いてきたベテランそのものか!


 しかし、知性が低く猪突猛進なはずのバンデットはその短剣を軽々と避ける。

 そしてそのまま彼を躱すと、一目散にリンクスへと駆け出した。


「マズい!」

 踏み込んだダートが、方向転換しリンクスに飛び付くのと、俺がワンテンポ遅れてリンクスの盾になろうとしたのがほぼ同時だった。


 しかし、それより一瞬早く、バンデットはリンクスを滝壺へと蹴り飛ばした。

 彼女の緑色のフードがはだけ、金色の髪がふわりと滝壺の風に揺れる。


 俺とダートは、もうその瞬間頭が真っ白になったのか、それともリンクス体を引き上げようとしたのか、とっさに彼女の体を抱き締め踏ん張った!


 しかし今度は俺たちごと、残ったバンデットが蹴りあげる。

 踏ん張りの効かない俺達は、三人仲良く滝壺へと落ちてゆくのだった。

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