第21話 地図スキル
探索と言っても、殆ど既存の道をどんどん進むだけ。
地面は踏み固められ、所々にコウモリの糞が落ちている程度で、面白味は全くない。
行軍の前方を護衛のメンバーが歩いて、その後を学者風の男が道を指示しながら歩いて行く。
手には地図らしきものを数枚重ねていた。
「よくあんなので迷わんもんだな」
俺は感心していた。
俺の目の前にあるステータス画面にも地図が表示されていたが、いままでも何度も階層が切り替わっている。
「学士はマッパーの訓練も受けますからね、ほら見てください」
ダートが学者風の彼の足元を指差す。
「歩幅が一定、できるだけ洞窟の真ん中を歩くようにしているでしょ」
言われてみれば確かに歩くというより、足を置きに行くような不思議な歩き方だ。
「あれで、進んだ距離、角度、高低差まで把握してマッピングしているんですよ……まぁこの場所はまだ地図があるんで、確認程度だと思いますけどね」
「暗い洞窟では星や太陽などの絶対的な方向を指し示す物がない。彼らの技術が無ければ、こんな分岐の多い洞窟ではすぐに迷子になるだろうな」
次いでリンクスが補足してくれたことで、改めて彼らの凄さを理解した。
守って貰うわりに偉そうな奴らだと思っていたが、いやはや努力と研鑽を積んでここにいるのかと、自分の浅はかさを恥じるしかない。
そんな人間が、リンクスを罠にはめたりするのか?
疑問が頭を
だがそれも行軍し続けて数日ともなれば、自身の疲れや、休憩の間に交わす多くない会話の中で、危機感も薄れていった。
「なぁダート、お前の言うヒーリング協会の回し者ってのはこの中にいると思うか?」
深夜リンクスが離れて一人寝ている時に、ダートに耳打ちする。
煮炊き用ではない小さな焚き火の炎の明かりの中で、顎に手を当てて少し考えるダート。
若くほっそりとした指が唇に当たる姿に何となくドキッとしてしまう。
「そうですね、今のところ候補に上がるような怪しい動きを見せる人物はいません」
「だろ? ダートの思い過ごしだったんじゃないか?」
楽天的な意見で切り返すも、フード越しの表情は未だ固い。
「彼らに仲間がいたとしても、こんな深い場所で待ち構えるとも思えないしな」
不安の種を取り除くために、必死に状況を把握する。
実際に何日も人を疑って過ごすとか、罠を警戒して進むとか、そういうのに疲れたのもある。
「確かに、襲うならもっとはじめの方でしょうね……」
技術を持っている人間を連れて来ていても、慎重に進まなければ迷子になってしまう。
そんな危険を犯してまで最奥で暗殺するメリットは少ないからだ。
「ですが、探索隊のメンバーが容疑者である以上、まだその地点に到達していないだけという可能性もありますからね」
「ダートは心配性だなぁ」
俺は呆れてしまった。
確かに俺たちは交互に寝て、必ずリンクスを守ってはいたが、トイレ等に付いていくわけにも行かず、一人にさせることも無いわけではなかった。
それでも洞窟を進み初めて5日。
彼女は未だ無事である。
危惧していたモンスターの襲来などはなく、野生動物が縄張りを犯す俺たちを敵視して襲ってきたが、前衛メンバーはかすり傷ひとつ負わずに倒してしまった。
それもまたおかしいとダートは言う。
「だいたい、怪我をする恐れすらない洞窟にわざわざ高いお金を出してまでヒーラーを雇いますかねぇ」
それを言われるともっともだと思うが。
不確定な状況に対応するためだとか。
運良く遭遇していないだとか。
考えればいくらでも反論はできそうではある。
「俺も思い過ごしだったら別に構わないんですけどね」
ダートは別に護衛を頼まれたわけでもない。
自分の意思で彼女を守っている訳だ。
だったら俺がそれを止めさせる権利なんて無いわけで。
「まぁ気が済むまでは俺も付き合うよ」
俺はアクビをひとつ落とすと、寝袋に潜り込んだ。
ダートは仄かな明かりを絶やさぬようにしながら、警戒を解くことはなさそうだ。
洞窟探索6日目。
昨日から探索は地図にないエリアへと到達していた。
学士がその辺の古代文明の残り香を見つける度に止まり、遅々として前に進まなかった。
またそろそろ食べ物が少なくなってきていた。
護衛のパーティも持ってきた食料をまじまじと観察し、カビの生えた部分をナイフでそぎ落として口に運んでいる。
俺たちはというと。
「今日はポトフっぽい料理でも作るか」
俺が前世の記憶と、手元の材料で作れるものを吟味する。
元々長持ちしやすい芋のような野菜をぶつ切りにすると、乾燥した葉ものを刻んだものと一緒に鍋に入れる。
「これはオルルの葉ですか? 乾燥したものを初めて見ました」
リンクスが行程と材料を楽しげに見つめている。
顔の整った美しいエルフは、好奇心や笑顔といった若者特有の魅力的な表情を映し出す。
それはもうため息が出るほどで、つい料理の手を止めてしまい、それをまた不思議そうに覗き込む表情に引き込まれてしまう。
「ケンゴさん……手止まってますよ」
不機嫌そうな咳払いと共にダートに言われて、慌てて手を動かす。
乾燥したオルルの葉は、お湯で煮ることでキャベツのような食感に戻る。
同じく乾燥した肉も薄切りで入れてある。
先程の芋の仲間もどうやら火が通ったようだ。
「お待たせ、さぁ食べよう」
俺たちが食卓を囲むと、ごくりと生唾を飲む音が護衛隊の方から聞こえた。
「なぁ、俺たちにも少し分けちゃくれねぇか?」
初日に話しかけてきた隊長らしき人物が、代表として交渉に来たようだ。
「これは自分達の商品ですからタダではないですよ」
しかし、ダートはきっぱりと断る。
まだ我慢すればなんとかなる段階、予定どおりの食料事情である以上、高いお金を出してまで食料を求める気にはなれなかったのか、それ以上食い下がる事はなかった。
「少しくらい良いんじゃないか?」
俺はダートにこっそり言うが、彼は首を縦には振らない。
「彼らからなにも貰っていないでしょう? こちらだけが何かを渡すのはフェアじゃありません」
「信頼関係とか……」
その言葉に、ダートはフードの奥の目をギラ付かせる。
「元々彼らがヒーリング協会を嫌っていたから、リンクスさんが一人で困っていたんですよね、今さら彼女が用意したポーターに飯をねだるなんてお門違いですよ」
「ま、まぁその通りなんだが、ダートもアンチじゃなかったっ……」
「は? 聞こえませんけど何か?」
うわぁすんごい顔で睨まれてる。
俺の事尊敬してるって言ってなかったっけ……。
「それに、俺はまだあいつらを容疑者からはずしてませんからね」
頑固だ。
テコでも動かないぞこりゃぁ。
二人でこそこそと喧嘩している姿を見て、護衛隊の隊長も帰っていったし、リンクスも食べる手を止めて心配そうにこっちを見ている。
「とりあえず食うか」
気持ちを切り替えて前に進もう。
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