第20話 洞窟探索

 皆とは少し離れた岩陰に、リンクスは一人座っていた。

 ともすれば隠れていると言い換えても良いのではないかと思わせるほど周囲を気にしており、落ち着いている雰囲気ではない。


「よく来てくれた」

 俺たちの姿を見つけた彼女は、嬉しそうでもあり、どこか安堵を感じる表情で迎え入れてくれた。


「ギリギリになってしまって申し訳ない」

 頭を掻きながら俺が言うと、すぐに頭を横に振って否定する。


「来てくれただけでありがたい、今回はよろしくお願いします」

 深々と頭を下げるリンクスに、こちらこそと返しておくが。

 この言い方だと、すっぽかされる事もあるのかと、彼女の境遇をうれいてしまう。


「出発は四鐘時よつかねどきですよね」

 ダートがそう言いながら空を見上げる。

 もちろん街の鐘の音はここまで聞こえる訳ではないが、朝6時から2時間毎に鳴る鐘が4回目……つまり前の世界で言うところの午後2時くらいが出発の時間だということだ。


 空を見上げていた彼が視線を俺に戻して提案する。

「まだ時間がありますし、昼を取ってから中に入った方がいいかもしれません」


 何だかんだで山登りをしてきた俺は、確かに腹が減ってたし、一も二も無くここは提案に乗ることに。


 何日も供給無しで活動をする際には、乾物等がかなり大事だとは思うが、今日はまだ一日目。

 わざわざ干物にしたものを食べる必要はない。


 ダートは手慣れた様子で食材を切り分けると、全部を鍋に入れた。

「火をつけるの面倒なんで、オートリさん沸かしちゃってください」

「オッケー」


 俺はウィンドウの魔法の欄から【水温操作・高】を選んで一筆書ひとふでがきする。

 鍋の中の水が暖まり、湯気が出始める。

 そこで一旦加熱を抑えて、弱火程度にして2分、短時間だが火が通ったことだろう。

 食材に含まれる水分まで加熱しているので、電子レンジの要領で早く火が通るのが早い理由なんだ。


「最後に味の元を……」

 ダートが目分量で粉を入れて完成。


 リンクスはその手際の良さを驚いた様子で見ていたが、いざ良い香りが漂ってくるとごくりと唾を飲み込んだ。


「さぁ、簡単なものだが食事にしよう」

 お椀によそって手渡すと、じっとそれを見つめている。


「火は通ってるから大丈夫だよ」

 あまりの調理の早さに生煮えを気にしたのかと思ったが、リンクスが気にしていたのはそこではないらしい。


「人に喜ばれる仕事って素敵ですね」

 そう言って少し悲しげな表情をする。

 病気を治したり、怪我を治す魔法を持っている彼女は、本来そういう対象のはずなんだが。

 ヒーリング協会の方針のせいで、他人からうとまれている。

 リンクスにとってそれが何よりも苦痛なのだろう。


「いいから、食べなよ」

 かける言葉がなにも思い浮かばない。

 ただ俺だけでも彼女を一個人として見てあげる姿勢を崩さないであげたいと思った。



 食事が済んだところで出発の時間になる。

 つまりようやく全員が一ヶ所で顔を合わせることになるわけだ。


「今回はグエン山墳墓ふんぼの調査に同行頂きありがとうございます」

 馬鹿丁寧にお辞儀をして見せたのは、20歳前後の若い男性。

 分厚くしっかりとした生地に、刺繍のある服を身に纏っていることから、身分の差が感じられる。


 実際あんなに強そうな護衛のパーティも黙ってそれに耳を傾けている。


「過去何度かこの遺跡を調査したのですが、この度新しいルートが見つかったという話を受け、新ルートの開拓と調査、場合によっては他のルートの発見が目的になります」


 そこから細かい説明が続いた。

 ぶっちゃけそれはお前らの仕事であって、護衛は護衛、ポーターはポーターの仕事しかしないんだから、関係ないだろうと思ったのだが。

 まぁ口にはせずに、あくびを噛み殺して演説が終わるのを待つ。


「──とまぁ、10日程を目安にこれからよろしくお願いします」


 もう一度馬鹿丁寧なお辞儀をすると、もう一人の調査員と共に荷物を背負った。


「んじゃ行くか」

 俺たちが山を登って最初に話しかけてきた男が一声上げると。

「うーっす」

「はーい」

 等と気の無い返事が仲間から帰ってくる。


 俺たちはそれ以上にやる気の無いグループなので、無言でその後を追いかけて洞窟へと入って行くのだった。



 クリップ状になった金属の板に、金具が取り付けられた物をステータスウィンドウに挟む。

 そこに松明を刺すとあら不思議。

 両手が塞がらない便利な明かりになりました。


 という訳でせいぜいこの不便な状況を便利に使わせて頂きますよ。


「オートリさんの魔法って珍しいですね」

 少し感心したようにリンクスが感嘆の声を上げる。


「これは私が居た南の方の国で時おり見かける魔法です。物を浮かせるんじゃなくって、精霊に直接持って貰ってるんですよ」

 とまぁ、それらしい言い訳をつらつらと話すと、そういう魔法もあるのかと納得していた。


「便利でいいですね」

「はっはっは、それほどでも」

 デメリットもあるので、乾いた笑いを返しておく。


「ところで、実際のところリンクスさんの出番って来るんですか?」

 これ以上この魔法について詮索されるのも面白くないので、俺は気になった事を聞いてみる。


「さぁそれはなんとも言えません」

 彼女は少し困った顔で答えて見せる。


「野生動物や魔物と戦闘があれば傷も出来るだろうし、病気にかかった時も役に立つとは思いますよ」

 代わりにダートがそれに答える。


「こういうところではそんなに頻繁に出会うものなのか?」

「いや、普通は魔物の巣なんかに行く際に派遣される程度で、こういう調査なんかに駆り出される事はあんまり無いと思いますけどね」


 リンクスよりもダートの方が詳しいのか、彼女がヒーリング協会の内情を漏らせないから黙っているのかはわからないが、必要な情報は聞けた気がする。


「ほいじゃ、基本的に遅れないようについて行けばいいわけ?」

「当面の仕事はそうなるんじゃないっすかね」


 やる気を感じさせないダートの返答に、ちょっと入りすぎてた肩の力を抜く。


 なにもなければかなり暇そうだが。

 かといってなにか起きて貰っても困る。


 とりあえず黙って歩を進めることにした。

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