第19話 山登りは楽じゃない

 準備を終えた俺たちは、リンクスとの再会を果たすべく、俺の居た街からそう離れてはいない山の中腹へと来ていた。


「ぶっちゃけ、この大荷物を持って運ぶだけで、料金貰ってもおかしくないなこれは」


 俺たちのリュックはリンクスとポーターの俺たちを含む3人分の食料や水を15日分、その他生活に必要な品物が詰まっている。

 それを背中に背負って登山をするのだから、これだけでかなりの重労働だ。


「本来ならロバか何かを連れていって、その背中に乗せるのが基本ですからね、経費削減とはいえ本来はこんな事をしないのですが……」


 その目はなにかいぶかしがる様にこちらに向けられる。


「なんだその目は」

「いえ、便利な魔法ですね」


 そう、その大荷物が今宙に浮いている。

 S字に曲がった金属の金具を、ステータスウィンドウの上の縁に引っ掛けて、そこから荷物を吊るしている訳だ。


 不思議なもので重さを感じることはない。

 ウィンドウはどうやら、俺の鼻先30cm前後に浮いているだけの物体であり、この世界の物理法則を無視しているようだ。


 俺がくしゃみでもして、顔を前後に振り回しでもすれば、荷物はどこへ飛んでいくかわからない、その辺は気を遣っている。

 それに目の前に荷物をぶら下げているわけだから、かなり邪魔だ。

 山登りなのに肝心の足元が見えにくいのは、実際怖い。


 とはいえ重量としては40kgに迫ろうかという荷物を、背負わなくて良いのは本気で助かった。


「このままずっと浮かべて貰えるなら大助かりなんですけど……ここ、段差ありますよ」

 ダートに至っては、小さな自分用のボディバックに似た袋と水筒だけ。

 軽快に山肌を駆け上がっては、俺がつまづきそうな場所で注意を促してくれている。


「いやいや、流石に魔力が切れてしまうよ」

 俺は段差を乗り越えながら、乾いた笑いを返す。


 もちろん魔力なんて1ポイントも減ってない。

 ただ、ずっと当てにされるのも困るので、とりあえずはそういうことにしておく。




 3時間ほどの登山の末に、到着したのは崖にぽっかりと開いた穴。

 その前には簡単なキャンプがあり、キャラバンとみられる数人の人間が待ち構えていた。


「お前らは何だ?」

 俺たちの姿を見つけた中の一人が、いきなり不信感をぶつけてきた。


「俺たちは、リンクスさんにポーターとして雇われたただの乾物かんぶつ屋ですよ」

「乾物屋ぁ?」


 もちろんこんな場所に乾物屋の名前は似つかわしくない。

 だがそれが逆に、不信感を疑問にすり替えるのに効果的だと思った。


「こんな感じの物を売ってます」

 俺は吊り下げたバッグを地面に下ろすと、中から一切れの干し芋を取り出した。


「お近づきの印にどうですか?」

 不信感を完全に拭うために、干し芋の端をナイフで切ると、先に口に入れて見せた。


 毒はないよ、そんなパフォーマンスだ。

 バカバカしいとは思うが、ヒーリング協会との確執というのは俺にとっては未だに未知数だ。

 これだけやっても彼がすぐに手を伸ばさないのも、それを物語っているようだ。


「自分の店の商品に毒なんて入れませんよ」

 そんな事をすれば今後商売なんてやっていけるわけもないだろう。

 そこまで言ってようやく俺の手から干し芋を奪っていった。


「なんだよこれは、バカみたいにカチコチじゃねぇか」

 不満を言いながら奥歯で噛み千切る。


「その代わり、カビも生えにくくて長持ちするんです」

 ここぞとばかりに商品アピールするのは、あくまで自分達が商人ですよというパフォーマンス。

 直接的にはヒーリング協会とは縁も所縁もないという自己防衛。


 まぁ今後お得意様になって貰えるなら、本当に商売してもいいし。


 そこまで行くと、流石にもう変な言いがかりを付けるでもなく、男は自分達の輪の中に戻っていった。



「ひと悶着あるんじゃないかと心配しましたが」

 ダートがこっそり俺の背中側から顔を出す。


「いや、あったろ、火花バチバチしてたぞ」

 俺は金具に荷物を引っ掛けると、体を起こして持ち上げながら言う。


「それじゃぁ、リンクスさんの所に……」

「いやまだだ」


 俺は荷物を浮かべたまま、直進でさっきの男たちの方へと歩を進める。

 形的には、先ほどの男の後を追ってきた感じにして。


「こんにちは、先ほど彼には挨拶をさせていただいたのですが、乾物屋をやっております、オートリとランフィールドと申します、以後お見知り置きを」

 俺が荷物が落ちないようにゆっくりと頭を下げると、ダートも釣られて頭を下げる。


「おいおい、こんな固い芋売ってんのか?」

 大きく笑う他のメンバーに、満面の笑顔で返す。

 そしてそこからは、市場で商人にしたようなパフォーマンスを始める。


 結局、ここに居た者たちも、大仕事の前で緊張していたりするわけで、暖かいスープを飲ませてやればそれなりに打ち解けることが出来た。



 事前にリンクスから聞いていた情報との擦り合わせ、

 ダートにとっては彼女すらも疑わしいと思っているのかもしれないが、どうやら情報は間違いない様子で、ダートも少し胸を撫で下ろすようなシーンがあった。



 このダンジョンは古代の墓地。

 入り口は盗掘されているが、深部にいくに従って道が入り組んでいて、迷うと帰れないとされている。

 実際に欲をかいた盗掘者が墓地に眠る骸骨を増やしていた。


 また、洞窟内には野生の動物や魔物が住んでいて、油断すると彼らの食事にされる可能性もあるそうだ。


 そこに国から派遣された調査員3名、それを護衛するダンジョンに慣れたパーティ5人組。

 そしてその安全を後ろ楯するヒーリング協会のリンクス。

 最後にオマケの俺たち2人という構成になっている。



 構成も間違いない。

 それぞれの立場や仕事内容もリンクスの事前情報と一致した。

 リンクスが俺たちを騙している線は限りなく薄まったように感じるが、ヒーリング協会が今回の遠征でどんな罠を張っているのか……もしくは全くそんなことは関係ないのかは未だに不明。


 ただ、ダートだけは直感だろうか、何かがあると信じているようだ。


 俺たちは護衛の輪を外れ、二人だけで少し話をした後、ようやくリンクスの元へと向かうのだった。

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