第17話 二つ目の条件

「条件……ですか?」

 リンクスはつり目の目尻を眉と一緒に下げて、少し困った顔をする。

 なにせ提案を持ちかけてくる相手は、先ほどまで自分達ヒーリング協会を目の敵にしていた人間だ。

 どんな無理難題を吹っ掛けられるかわからないし、断ってしまえば折角解決を迎えそうになった食料問題が振り出しに戻ってしまうかもしれない訳だ。


 しかし、ダートの放った言葉は彼女の意表を突いた。


「俺たち二人をポーターとして雇ってくれないか?」


──ポーター。

 簡単に言うと荷物運びだ。

 コーディネーター等とは少しニュアンスが違うが、それを兼ねることもある。


「それは……構いませんが」


 虚を突かれた事で、二つ返事で承諾してしまうリンクス。


「では、商品は当日私たちが現場に持ち込む事で納品とし、支払いは利用した数量で計算。それに俺たち二人分のポーター料金でどうだろうか?」


 俺を抜きにさっさとダートが話を進める。

 こういうことに関しては、やはりこの世界の先輩だなぁと感心してしまう。


「そんな条件で良いのですか?」

 かくいうリンクスも驚きをもって、その条件を値踏みしているようだ。


「普通だったら、日数に関係なく用意していただいた分全てをお支払するのが筋だと思うのですが……」


「それは大丈夫です、おろし売りではなく生産側なので、どうとでもなります」


 ダートがリンクスに対して条件の良い話を持ちかけているという裏側には、きっとこの誘いを断らせたくないという意思があるんだろう。

 あとで心変わりしないように、破格の値段設定を提示しているに違いない。


 俺はそれを見ているだけだけしか出来なかった。

 ダートの本心がわからない以上、むやみに横から水を差したくなかったからだ。


「では、その条件で……本当に良いのですか?」

「ああ、構わないぜ」

 二人の商談が成立したのだろう。

 ダートは真正面にリンクスを見据えると、躊躇ためらうことなく右手を差し出した。


 先ほどはその手を払ったはずなのに、今度は自分から手を伸ばしている。

 その奇妙な気持ちの変化に、一瞬戸惑ったリンクスだったが、おずおずとその手を握った。



 帰り際、俺は彼の真意を知るために彼の顔色をうかがった。

 自分から提示した条件で、こころよい返事を貰ったはずの彼の顔は、未だどこか強ばった様子を見せている。


「何か気になっていることがあるのかい?」

 俺の言葉に少し間を置いて、ダートは顔を上げた。


「ヒーリング協会の派遣が結構な金額だという話はしましたよね?」

「うん、聞いてるよ。一日で大銀貨2枚だっけ」

  どうして既知きちの情報を確認してきたのかわからず、俺も少し眉間にシワを寄せた。


「ダンジョンや遺跡の攻略の際には、かなりの危険がが付きまとうため、貴重な協会としては人材を失いたくないので高く設定しているとされています」


「されています?」

 その物言いに少し引っ掛かる。

 断定しないということは、きっとその裏に思惑が隠れているのだろう。


「実際に、探検中に行方不明になる術師や、パーティも後を絶ちません」

 ダートはそこで一区切りすると、少し声を絞って俺に話しかける。


「しかし、中にはヒーリング協会を敵視している連中に、他人の目の届かないダンジョンなどで殺害されているという噂もあるんです」


「なんだって?」

 衝撃の事実につい声を上げてしまった。

 そして、そこまで根深い問題なのかという事も。


 だがダートの話はそれで終わりはしなかった。


「でも、違約金いやくきんの話を聞いて、俺は他の可能性もあるなと思ったんです」

「……まだ他にも、危険があるのか」


 俺の嘆息たんそくに頷くダートは、先程よりも顔を近づけ、耳打ちするように近づいた。

 俺の髪に彼のフードが当たりくすぐったい。

 同時にほんの少し香水のような爽やかな香りがする。

 こういう気の利いた奴がこの世界でもモテるんだろうななんて関係ないことを考えてしまう。


 しかし告げられた内容に、頭はまっ白になった。


「彼女の違約金が満額になる頃を見計らって、ヒーリング協会が彼女を消すためにダンジョンへ行かせたのかもしれない」


「なんだって!?」

 先ほどより大きな声が出たことで、辺りの人間が何事かと一瞬視線を送るが、直ぐに興味を無くして立ち去って行くのを、少し恥ずかしそうに見送る俺。


「折角他に聞こえないように言ったのに、無駄じゃないですかそんな大声だされたら」


 なんか怒られた。

「すまん……しかし、そんなことが許される訳が……」


「許されるんですよ。莫大な違約金は手に入るし、ヒールの流出も止められると考える──だから皆ヒーリング協会の事が嫌いなんです」


 根深さは想像を上回っている。

 そして、悪徳企業程度に考えていた俺からすれば、もう彼らはヤクザみたいなものだと認識させられた。



「なので、俺達でリンクスさんに付いていって、ヒーリング協会の絶対的な悪事の証拠を見つけましょう」


 ダートはフードから覗く口を三日月のようにニヤリと歪めて笑う。


「俺はまだそこまで嫌悪している訳じゃないが、リンクスさんが危ないなら助けてあげたいかな」


「利害さえ一致すればなんでもいいですよ」

「ダートはさっぱりしてるなぁ」



 こうして俺は数日間相談窓口のお仕事を休んで、リンクスに付いて行く準備をした。

 その報告をしに行った際に。


「働かないものはただのごくつぶしにゃ」

 等と言われてちょっとブルーになったのはここだけの話だが。

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